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05
授業終了後、エトヴィンに言われた通り化学準備室に向かった。だだっ広い廊下を歩いていると、後ろから聞き慣れた声に呼ばれる。
「リア」
「……! セナか。何?」
「エトヴィン先生に呼ばれてただろ。俺も行く」
「なんで君まで……」
彼は腕を組みながらため息をついた。
「お前、嘘つくの下手だろ? 正体を疑われたときの誤魔化し役が必要だと思って」
「はは、君は本当に気が利くね。助かるよ」
「どういたしまして」
思えば、セナはオリアーナが困っているとき、いつもさりげなく手を差し伸べてくれた。
「やっぱり、持つべきは頼りになる幼馴染だね」
「…………」
笑いかけると、彼は物言いたげに眉をひそめた。
二人で並んで廊下を歩く。子どものころはオリアーナの方が高かった身長はいつの間にか追い越されて、体つきも彼の方がずっと逞しい。
小さなころセナは、華奢で女の子のように愛らしい風貌をしていて、よく虐められていたのを思い出す。いじめっ子から助けるのはオリアーナだった。
セナが成長した姿を横目で見ていたら、まもなく準備室に着いた。そっとノックすると、奥から入室を許可する声が返ってきた。
とっちらかった部屋の中で、エトヴィンが足を組みながら椅子に座していた。彼は、オリアーナの隣にいるセナをいぶかしげに見据えた。
「なんでお前までいるんだ?」
「『呼び笛』について話すおつもりでしたら、俺も同席させてください。始祖五家の者として」
「心配して着いてくるなんて、お前はそいつの母ちゃんか? まーいい。二人ともこっち来て座れ」
呆れながら手招きされ、向かいの椅子に座った。
確かにセナはオリアーナには過保護で、やたらとオリアーナの世話を焼きたがる。言われてみたら母親みたいだ。
(呼び笛って……入学式典のときのあれか)
魔法の杖を現出させる儀式で、オリアーナは小ぶりの笛のようなものを出した。それを見て血相を変えたマチルダに取り上げられてしまったのだった。
「レイモンド。お前――魔法が使えねぇな?」
どきり。
エトヴィンは表情を変えず、淡々と尋ねた。さっそくズバリ的を得た指摘を受け、固唾を飲む。
「胸に提げた魔法石で上手いこと誤魔化しているみてぇだが、俺の目を欺けはしない。俺には人間が魔力の源にしている――魔力核を目視する能力があんだ。お前にはその魔力核がない」
彼は学院では魔法化学を教えているが、本業は魔法医学の研究者だ。特に、魔力の原理に精通しており、魔力核の第一任者としての顔を持つ。
しかし、まだ目の前にいるのがレイモンドではなく、双子のオリアーナとは気づいていないようだ。
「いつからそうなった? 入試んときの成績は見事だった。魔力を供給する石を使ったところで、あの実力は発揮できないはずだ」
「入学する少し前に……異変が起きました」
「そうか」
少し前どころか、オリアーナには生まれたときから魔力核はなかった。魔法が使える者は魔力核を有し、そうでない者は魔力核を有さない。全人口の中でも核を持つ人間の方が少数派なので、オリアーナが特別という訳ではないが。
「魔力核消失の原因解明は今後の課題として。――もうひとつ」
ローブの内側から透明の小瓶を取りだして、ことんとテーブルの上に置いた。小瓶の中には、オリアーナの杖の残骸が収められている。
「これが何か、お前も分かっているな?」
「いえ……全く」
「魔力核を失って頭まで馬鹿になったか? ったく。これはこの国の聖女だけが扱える召喚笛。『呼び笛』と呼ばれている。お前には聖女の資質があるっつーことだ」
――聖女。それは、この国の創始の功労者のひとり。当時、魔物の群生地帯と化していた土地を取り返すため、王家と始祖五家の初代とともに戦い、見事奪還した土地にヴィルベル王国を建国したのだ。
建国から今に至るまで、王家と始祖五家の中から聖女の資質を持った女が一代につき一人現れ、国の平和を守り続けてきた。聖女は召喚笛で幻獣を召喚し、その声で操ることができる。その能力の強大さゆえ、異質とされてきた。
「男に聖女の資質ってだけで前代未聞な上、今のお前は魔法が使えないときた。学院側としては、本部に早く報告して判断を仰ぎ――」
「待ってください」
そこで口を挟んだのはセナだった。
「魔法士団に報告するのは待ってください。現聖女の力の弱体化により、軍部は新聖女を待ちわびています。しかし、今のまま戦場に駆り出され、不完全な状態で力を酷使するのは危険すぎます。魔法が扱えない今は、学院の下で庇護していただきたく思います」
現在の国も、魔物が出没することがあり、魔法士団が唯一の対抗組織として存在する。聖女は一代につきたった一人しかおらず、新たな聖女が現れると、古い聖女の力は衰えていく。
そして、現聖女も現在、弱体化が進んでおり、魔法士団は新たな聖女を躍起になって探している。
(……沈黙するのではなく、国のためにすぐに名乗るべきじゃないかな)
オリアーナの意見はセナとは反対だった。たとえ魔法が使えないオリアーナが戦場で酷使されることになろうとも、それが聖女の務めならば逃げるべきではないだろう。
「先生、私は――」
「リア」
責任感と正義感の強いオリアーナは、すぐに本部に報告するべきだと進言しようとしたが、セナに腕を掴まれ阻まれた。彼の方をちらりと見ると、彼は首を横に振って「余計なことを言うな」と目で伝えてきた。セナはオリアーナのことになると過保護だ。
エトヴィンはううむ……としばらく考えてから頷いた。
「そうだな。我が校としても、生徒の安全を第一に守る義務があるからな。俺から上に掛け合っておく」
「ご配慮、痛み入ります」
セナはもう一度丁寧に礼をし、踵を返した。オリアーナもその後ろを着いて行った。
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