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た、だいーま
雨季に窓を開けたまま外出するもんじゃない。
わかっているのに時々やってしまう。自分に苛立ちながら水滴にまみれた床を拭いてると、ドアロックが解除される電子音がした。
「I’m back」
声に振り返る。
「おかえり~」
彼がドアの前で濡れた半袖のシャツを脱ぐ。私を見て、
「また窓開けてたの」
「夜中も降ったから、とうぶん降らないと思ったのよ」
水を吸って重たくなったぞうきんを片手に立ち上がろうとする。彼が私のもとまで来て片腕を支えてくれた。
びしょぬれ、と呟くと彼の刻んだみたいに深い二重の線が緩んで、私の好きな表情になる。
「だって君はいやなんだろ、袋かぶるの」
答えずに眉をひっそりと寄せた。
この国の人たちは突然の豪雨になれている。なにせ一年の半分が雨季なのだ。雨のときは室内にいるか、そうでなければ傘の代わりにスーパーのポリ袋を頭にかぶって外をあるく。どうせすぐやむ雨だからと。
スコールのときヘルメットではなくポリ袋を頭にかぶってバイクを乗るおばあちゃんに驚いたのはもう何年も前のこと。突然雨が降って唐突にやんで、それ以外は朝から晩まで暑いこの国にもだいぶ慣れた。
「いま君が転んでるのかと思って」
I was supreised.
私の頭を撫でながら彼が呟く。
私たちが暮らすコンドミニアムの床は大理石でできているから、滑って転べばもちろん痛い。
彼が椰子の木のように高い身体を折り曲げて、そっと私の体を包む。カフェオレ色の首筋を私の胸の下におしつけると、彼の肌の匂いがして体の力がゆるむ。
「た、だいーま」
日本食レストランの店員が言うような独特のニュアンスで紡がれる母国語。ふふっと喉の奥が鳴る。
半分は日本人なんだから、日本語のほうがよく聞こえるんじゃないかな。
そんなふうに言って、彼は最近アニメでおぼえた日本語を口に乗せる。
私のおなかの奥にむかって。
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