父と叔母の微妙な関係

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「人材管理とは申しましても、自分は要職と呼ばれるような方々の管理はできません。せいぜい使用人たちの育成と管理くらいでしょうか。平民が働くためにも、礼儀作法は必要ですし。稚児が朝廷に見習いに来る場合も、適材適所な場所に送らなければ見習いになりませんし」 「なるほど。ところで……先日蔵で寝ずの番をしている武官たちと話をしましたが、その中で彼らから、蔵で働く使用人たちが行方不明になっていると伺ったのですが、このことは二日月様はご存じでしょうか?」  ……来た。  私は思わず怖々とお父様を見た。お父様は少し落ちくぼんだ目でじっと晦を見たあと、肌にじんわりと汗を浮かべた。 「……はい、存じております。しかし、私のほうでも調査を進めたいのですが、止められているのです。放っておけと」 「それは、いったい?」  そう言いながら、晦はさっさと部屋の隅々に札を貼りはじめた。これらは晦の屋敷にも貼ってある防音の結界のものだ。  それらを貼り終えてから、淡々とお父様に告げる。 「今、この部屋の方々を外から音が漏れぬよう、結界を張り巡らせました。今でしたら、誰も立ち聞きはできないと思いますが。それでもお話できないことでしょうか?」  晦は怜悧な瞳で、じっとお父様を見返した。  日頃晦は、冗談なのか本気なのかわからないぐだぐだとした持論が多い上に、式神の私に対して無茶振りが多過ぎる。でも。  彼の中にある真摯さや誠実さは、信頼に当たると思っている。  しばらくの沈黙。風と一緒に木漏れ日が揺らめく。その中で、やっとお父様は口を開いた。 「……姉上……女王陛下により、一部の人材は神庭に送られている」 「えっ」  私は思わず声を上げた。当然ながらお父様には届かない。  普通はありえない話だ、そんなのは。神庭は基本的に王族以外は立入禁止であり、使用人も後宮勤めの者たちから選りすぐって送るのが通例だ。人手不足だからという理由だけで、平民をそのまんま送りつけるなんて真似は、本来ならば絶対にしない。  私が口をパクパクさせている中、晦も当然ながらそこを指摘する。 「穏やかではありませんな。神庭に送る使用人は、誰でもいい訳ではないのでしょう?」 「はい、そのように聞き及んでいますが……」  お父様がまたなにかを言おうとした、そのときだった。  突然晦が呪文を唱えはじめた。すると、私の体がいきなり小さくなる……ううん、人形の大きさに戻ってしまい、その人形はスポッと晦の懐にしまわれてしまった。 「晦……! なんで!?」  私の抗議の声を無視して、晦はちらりと庭を見た。 「穏やかではありませんな」  お父様にそう声をかけた途端。  庭の向こうが騒然としていることに気付いた。 「桐女王!? どうしてこのような場に!?」 「出迎える準備などできておりません! 少々お待ちを……!」  女房たちが悲鳴を上げて、バタバタと走っている声がこちらにも届いてくる。  ……って、桐女王……叔母上!?  基本的に朝廷は日の出と共に開き、日が真上に来たところで一旦終了となる。貴族たちも日の出と共に牛車で出廷し、お昼になったと同時に閉廷して帰って行くのが通例だった。女王の執務だって、だいたいそのようなものだというのに。  いくら弟の家だし、既に閉廷している頃合いだからと言っても、いきなり牛車で乗り込んでくるのはおかしい。  私が晦の懐の中であわあわとしている中、こちらに衣擦れの音が向かってきた。  豪奢な着物を纏い、お父様と晦を見下ろす妙齢の女性。桐女王だった。私の記憶よりも迫力が増しているのは、女王として就任した時間によるものなのか、別の要因かはわからなかった。  晦は黙って礼をし、お父様は私と同じくあわあわとして桐女王を見上げている。 「姉上……いきなり来られましても、出せるのは麦湯しかありませぬ」  お父様はなんとかやんわりと声を上げた。それに叔母上は少しだけ口元を歪めた。笑っているというよりも、威嚇している素振りに見えた。 「かまわぬ。なにやら鼠が朝廷を嗅ぎ回っていると報告があり、どのようなものなのか確認に参った」 「鼠……ですか。私は一介の陰陽師。恐れ多い真似など致しませぬ」  一方、私は晦が叔母上を見ている表情を式神を通して盗み見て、ぎょっとする。いつもどこか余裕の表情を浮かべ、安易に真意をちらつかせる真似をしない晦が、笑みを浮かべている……それこそ、叔母上のような威嚇するような獰猛な表情を。 「ほう。陰陽師を招いた覚えがないがな」 「朝廷には様々な者が働いておりますゆえ。女王陛下が覚えてなくても、我らを呼ぶ声が届くのでございますよ。私はその声に応えたまで」  会話こそ、いつも通りの晦の、捉えどころのない口調なのに。私にはどうにも晦が相当怒っているようにしか聞こえなかった。 「晦?」  私が思わず声をかけると、途端にピシャンと声が帰ってくる。 【今は声をあげてはなりません】 【ど、どうしてですか……だってこの場には私の声が聞こえる人など……】 【いないとは限りませんから】  そこでやっと、私は晦が威嚇する表情を浮かべている理由に思い至った。  晦は警戒しているんだ。それが叔母上なのか、叔母上を取り巻くなにかなのかまではわからないものの。  そして叔母上はジロジロと無遠慮に晦を見てくる。しばらく眺めたあと、息を吐き出した。 「まあ、かまわぬ。せいぜい励め」 「ありがとうございます」 「現状の陰陽寮がなにを考えているのか、私には預かりしれない。だがな、陰陽師の」  叔母上は床に付くほどの長い着物を翻しながら、牛車の元へと帰ろうとする中、唐突に足を止めて、晦を見下ろした。上から見下ろしてくる叔母上の壮絶な美しさは、その場にいる誰しもを釘付けにしてしまうほどの迫力がある。 「陰陽寮はあやかしを狩るのが仕事であろう? 狩れぬものを狩ろうとし、足を引っ張られぬようにな」  そのひと言だけを残し、今度こそ牛車に乗って帰ってしまった。  後に残ったのは、桐女王が衣に焚き込めていた香……黒方の香りだけだった。それに私は虫唾が走るのを思っていた。  一方、お父様は桐女王と晦のやり取りを困惑しながら眺めていた。 「……晦様、いったいなにを調査しておられるんですか?」 「先日、武官が行方不明になった際、武官はあやかしの腹の中から救出しました」 「……それは」 「そのあやかしが、朝廷で飼われている憶測が立っています」  私はそれにぎょっとして晦を見ていた。 【晦! どういうつもり!? お父様にそんなことを言ったって……】 【ご存じならば、なにかしらの反応が返ってくるでしょう。ですが、もしも本当に知らない場合、二日月様は白となられます】 【それは……】 【これ以上は朝廷の中だけでは調べることもままなりませんからね。あなたの本体の様子も気がかりですし、神庭に伺う許可が欲しいのです。あの様子では、桐女王は決して許可を下ろさないでしょうからね】  そこまで考えた上で、お父様の反応を伺っていたのか。  でも……お父様は本気で知らないはずなのに。当然ながら、お父様は晦の言葉に、ただただ困惑の表情を浮かべていた。
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