番の呪いと陰陽師

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 紅葉跡をつくったあとでも、晦は胡散臭い笑顔で「ハハハ」と続ける。 「そうはおっしゃいますがね、姫様。私がいないと今のあなたはなんにもできないんですよ。まず誰もあなたを認識できませんし。今は姫様は私の式神ですから、いわば私があなたの主なんですよ」 「キィー……」 「それにあなたについている呪いですが。それだったら私なら解呪できる可能性はあります」  晦の言葉に、私はジト目になる。 「……あなた、陰陽師は朝廷にそう簡単に入れないって言い訳して放置してたじゃないですか。お父様も私の番の呪いをどうにかしたくって、あちこち人を集めて見てもらっても無理だったんですよ。だから私もあやかしを斬る術を覚えなくちゃいけなくなった訳で」 「ほう? つまりは姫様は剣が使えると?」 「……武官ほど使える訳でありませんけど」  それに晦はにっこりと笑った。これはちょっとだけ胡散臭くないような気がする。 「ならば、なおのこと私と一緒にいらっしゃい。それならば、あなたに呪いをかけたあやかしを殺せる機会はいずれ訪れるでしょう。私もずいぶんとあやかしに恨みを買ってますしねえ。それにあなたにあやかし斬りの刀剣を与えることだってできますよ」 「……それ、本当に?」 「ええ、どうなさいますか?」  私はしばらく考え込んだ。  どのみち今の私は、晦に式神の体を与えられてかろうじて生きている状態だ。体は返してほしいけど、番の呪いがなんにも解決しちゃいない以上、その呪いを解かない限り、どっちみち神庭に滞在することは免れない。現に私の体は晦の式神に操られて神庭に行ってしまったのだから。  私は尋ねた。 「あなたは私の両親の話を聞きたいっておっしゃっていたけれど、あなたの思うこの国のおかしいことってなに? 私も自分が番の呪いをかけられた以外、よくわかってないのだけれど」 「そうですね。これ以上はここで立ち話をしていても難でしょうし、我が家に帰ってからお話しましょうか」 「我が家……晦の家ですか?」 「そうなりますね」  そう言いながら私は晦と歩いて行った。 ****  さて、春花国の都は、大きくふたつに分けられる。  東側は桔梗区(ききょうく)と呼ばれ、よく整備されて貴族邸の並びになっている。王族の中でも傍流に当たるうちの家のような家系もここに住んでいる。  そして西側は紫陽花区(あじさいく)と呼ばれ、ぬかるみが多くてあまり整備も行き届いていない。この辺りは庶民が住む並びとなっていた。  晦が歩いて行った先は、紫陽花区だったのだ。  私は少しだけ驚いて晦を見た。 「あなた……庶民から陰陽師になったんですか?」 「元々この辺りで捨てられてましてねえ。とかくこの区域は夜間になったら強盗は出る。追いはぎは出る。挙句の果てにあやかしがばんばん人さらいに出てくると来たもんだから、生きるためにはそれらの対処をしなくてはいけなくて。たまたまあやかしを退治したのを陰陽寮に見つけられて、そこから順調に出世したというところです」  私は思わずこのずっと胡散臭い笑顔を張り付けている晦を見上げていた。  一見訳のわからない生き物に見えていた人が、実はものすごく苦労をしていたのを知り、少しだけ戸惑う。  あちこちに並ぶペタンとした小さな家の並びの向こう。その向こうに、キャハハハと子供の声が響いてきた。 「ああ、せんせ、お帰り!」 「今日は早かったね!」 「おお、ただいま。今日は陰陽寮には寄ってないからなあ」  平屋の前では小さな子供たちがわらわら集まって遊んでいた。  私は思わずその子たちを凝視していると、私にだけ聞こえるくらい小さい声で晦が答えた。 「皆、あやかしやら強盗やらで親を亡くした子供たちですよ。寺じゃ人数が多過ぎて全員は入れてもらえません。でもこのままこの子たちを放置していたら、いずれ人攫いに連れていかれて売られるか、あやかしの食い物にされるかのいずれかだから、この子たちに食事と仕事を与えているんです」  どうもこの子たちは稚児のように文を出すお使いに出したり、あちこちから着物を集めてきて洗ったりと、紫陽花区の庶民の仕事を請け負っているようだった。  私はそれを「なるほど」と言いながら、彼の家に向かった。  庭では子供たちが遊んだり仕事をしたりしているものの、中はガランとした板の間だ。  中に入った途端、晦は部屋のあちこちに札を貼りはじめた。 「あの、これは?」 「どこで誰が聞いてるかわかりませんからね。人避けの結界に、防音の結界です。ちなみに先程通ったからご存じでしょうが、あの中には残念ながら陰陽師になれる素養のある子はいませんから、姫様の姿を見れる子はいませんよ」 「そこまでしないと駄目なんですか……」 「ええ。ことは朝廷にかかわることですからねえ」  それに私は黙って見つめた。  晦がわざわざ陰陽寮ではなく、自宅に戻って私と話をすることにした理由。どう考えても朝廷から一番離れた場所で、たくさん結界を張った上でないと内緒話もできないと判断したからだ。  私は彼の向かいに座って話を切り出すのを待っていたら、ようやっと結界を張り終えた。 「これでよしと。それじゃあ、ちょっとお話しましょうか。まず、紫陽花区を見て、私の話を聞いてどう思いましたか?」 「ええっと……桔梗区では、本当にあやかしが出ません。まさか晦が幼い頃からずっとあやかしと戦って生計を立てていたなんて、思いもよりませんでした」 「でしょうなあ。それは桔梗区では結界が作動しているからです」  それに私は首を捻った。 「……どうして紫陽花区では、結界がないのですか?」 「端的に言って、人手不足です。陰陽寮に詰めている陰陽師もそう多くはありませんし、貴族に呼ばれたらそちらを優先せねばなりませんから。結界を張るにも人手が必要ですし、ひとりふたり才能のある陰陽師がいたら張れるものでもないんですよ」 「ごめんなさい。私、陰陽師の力ってどの程度のものかちっとも知らなくて……」  そもそもこれだけ孤児が出るほどあやかしの被害が出ているなんて知らなかった。晦に説明され、実際に見なかったら知らずに終わっていただろう。  私が少し落ち込んでいる中、晦は少しだけ笑みを浮かべて「話を戻しますよ」と告げた。自宅に帰ってからの晦は、あまり胡散臭い空気がない。 「結界は重要な箇所に張られます。人手が限られている以上、張れる場所は優先順位を決めて優先順位の高い順から張るから当然ですね。そして、女王のおわず朝廷が最重要箇所なのですから、本来はあなたはその結界内にいたのですから、そこであやかしに襲われることはありえないのです」 「それは先程も晦がおっしゃっていましたけど。でもそれならば、なぜ私は襲われて呪われたんですか……」 「それなんですがね。おかしいのはあなただけではないということです」 「えっ?」  晦の指摘に、私は目をぱちりとさせた。 「なぜか王族の女性は、定期的に番の呪いを受けています……たったひとりを残して全員」 「……私の代では、私以外誰も番の呪いを受けてはいませんけど」 「ええ、ええ。それはあなたが襲われた以上、周りが警戒して武官を集めて守りを固めますからね。黒幕も番の呪いを受ける対象に疑われないよう、慎重に事を進めているのでしょうね」 「待ってください。黒幕ってなんですか」  私が思わず突っ込むと、晦はあっさりと言ってのけた。 「陰陽師の結界を突破できるようなあやかしはそんなに多くはありません。でも王族の女性が番の呪いを受けている以上、黒幕は朝廷内にいるはずなんです。なぜかその辺りを調査しようとすると、途端に邪魔が入るために、こちらもずっと機会を伺っていたのですよ。そこであなたの出家の日が近付いたため、あなたを捉えたのです……あなたを使えばあなたの証言を得られ、一介の陰陽師では入ることすらできない神庭の情報も得られるとなったら、使わない手はないでしょう?」
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