番の呪いと陰陽師

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 私は晦の言葉に、なんとも言えない顔になってしまった。 「……黒幕と言われましても。私には心当たりがありません。ですけど、王族。そんなに番の呪いを受けた女性が多かったんですか……」 「おや、姫様はあまり心当たりがないですか?」 「心当たりがないと言いますか……うちのお父様、恋愛結婚だったんですよ」 「ほう?」  私は三角座りになる。行儀が悪いからと、足が痺れたときにたびたびそうやって座っていると、侍女がすっ飛んできて怒られていたけれど、式神になった今では、誰も怒る人もいない。晦も特に怒ることはなかった。  私は膝を抱えて続ける。 「お母様はもともと朝廷で働いていた女官だったと聞いています。お父様とは仕事上で出会って、そこから恋に落ちたみたいでしたけど……叔母上にそのことで激怒されてしまったみたいです」 「……その言い方からして、姫様のお母様は既に」 「死んでいますね。お母様、かなり叔母上から風当たりが強くて、女官としても働けなくなったみたいで、お父様がずっと通って面倒を見ていたんですが、とうとう……そのおかげで私は一度は朝廷に引き取られたんですけど、番の呪いを受けた関係で、お父様が叔母上と何度も話し合いの末、朝廷からギリギリ外に建ってるあなたも訪れたことのある屋敷に引っ越したんです」 「ふうむ……なるほど」 「私からお父様とお母様のことを聞きたかったとお伺いしましたけど、これのなにがそこまで……?」 「いえ。つまりは、姫様はあまり王族としての教育は」 「受けてないですね。だから武官に相手をしてもらってましたから」 「なるほどなるほど……結構です」  晦はそれだけ言うと、いきなり私の肩を抱いてきた……って、ちょっと待って。 「……なんなんですか」 「先程も言いましたでしょう。私と恋人同士になってほしいと」 「それはさっきも拒絶しましたでしょうに!?」 「姫様がなんの覚悟もない内は、まだなんにもしやしませんよ。まだ、ですが。どのみち、姫様からは有力な情報を得ましたからね。それに。もうそろそろ朔の時期です……あやかしは活性化しますから、陰陽寮も忙しくなるでしょう。朝廷に入って調査できる機会も訪れるでしょうからね」  晦がなにを言いたいのかわからず、私はぐいぐいと彼の腕を押しのけようとするものの、彼はちっとも力を緩めてはくれなかった。なんなんだよ、もう。 「……要はあなたとお父様が王族としては下に見られているのは、女王の意向に逆らったからでしょう? 私は、それがこの国で起こっている謎を解明するための鍵になると思っているんですよ」 「……はあ」 「まあ、もうちょっとしたら夕餉の準備を致しますし、それまではしばし休みましょう」  それだけ言ってから、本当に晦は私を抱えてスコンと眠ってしまった。私がジタバタと抵抗しても、存外に力強い晦の腕は解けず、抜け出すことはできなかった。  本当になんでもかんでも自分で決めつけて、なんにも話をしてくれないで、挙げ句の果てに私に恋人になれとか、もう意味がわかんない。 「そりゃこの人といたら、私の番の呪いだって解決できるかもしらないけれど……話は私が思っているよりも大事じゃないかしら?」  なによりも。いきなり私を式神に変えてしまったこの憎たらしい陰陽師、本当にいびきをかいて眠っているのだ。そして近付いたからようやく気付いたけれど。  彼は存外疲れている。そこそこ整った顔立ちだけれど、少しだけ頬が痩けてしまっている。食べる間も惜しんであやかしに対処してたんだろうか。  それに、もうすぐ朔の日……新月の日がやってくる。そのときどうなるんだろうと、私は思った。 ****  晦は夕方になったら食事として粟の握り飯を頬張ってから、陰陽寮へと向かっていった。  陰陽寮は陰陽師が多くってわらわらとしている。 「晦様! こちら左大臣家の案件で!」 「暦を渡したらそれでおしまいですよ」 「晦様! 物忌みのお祓いの……」 「こちらは即刻人を派遣なさい」  さっさと指揮を飛ばしていく辺り、既に把握していたみたい。この人、ただ胡散臭く笑ってるだけじゃなかったのね。  それにしても。てっきり陰陽師は式神は皆見えるものだと思っていたのに、私が晦の隣を歩いていても誰も目もくれない。全く見えていないみたいだ。  私が通り過ぎていく陰陽師たちを見送っている中、晦は小さく囁いた。 「姫様、皆から無視されてご立腹ですか?」 「べ、別に。式神になったのだから、式神の気配も感じないなんて、陰陽師って思っているより大したことなのねと思っただけですっ!」 「ははは、これは手厳しい……まあ、たしかにうちにいる精錬された陰陽師であったとしても、あやかしを退治するのは無理です。まだ武官を派遣したほうが芽がありますから」 「それって、やっぱり力が大したことないってことじゃ?」 「いえ? 彼らは懸命ですよ。仕事もよくできますし、都の治安をよくしてくれています。ただ、彼らでは調伏できないという、それだけの話です」 「調伏できないんじゃ、あまり意味がないのでは……」 「あやかしの場所が特定できれば、そこに武官を派遣すれば済む話ですから。彼らはきちんと特定まではできているので充分です」  なるほど……。式神を見ることができない。調伏自体はできない。でも、倒すことのできる人を送り届けることができれば、たしかにそれで充分なんだ。彼らが大したことないんじゃなくって、晦がひとつ抜けているだけなんだな。  晦は「もっとも」と続けた。 「ほとんどの貴族は、あやかしとは無縁な生活を送っているせいで、陰陽師の使い道を間違っているんですよね。本来なら彼らも、平和な桔梗区よりも、不穏な紫陽花区に派遣したほうがよっぽど有意義なんでしょうが」  それってどういうことなんだろう。そう思っていたら、「あのう……」と晦に声をかけてくる者がいた。  小綺麗な水干を着ている以上、どこかの貴族邸の稚児だろうか。きょろきょろそわそわしながら、陰陽寮で働く陰陽師たちを見ている。  それに晦は笑顔を返した。 「おや、どうされましたか?」 「あ、あのう……姫様からの相談なんですが、よろしいですか?」 「どうぞ」  そういえば。貴族はたびたび陰陽師を呼び出しては占いをしてもらっているらしい。意中の相手との相性占いだったり、いつ結婚すれば縁起がいいのか確信してもらったり。中には市井にいる拝み屋をそのまんま雇って専属占い師にもしているとは、情報通の武官や侍女に教えてもらったことがある。  なんだかなあ……と思ってしまうのは、紫陽花区であやかしのせいで親を亡くした子たちをたくさん見たせいかもしれない。本来はあそこに晦を置いておくのが一番いいだろうに、貴族はあやかしと縁がないせいで、陰陽師や晦の価値をわかっていないんだ。  そうもやもやとしたものを考えていたら、稚児は続けた。 「姫様の懇意の方が、物忌みで一度来なくなってから、文を届けても梨のつぶて過ぎて、確認が取れないから、探してほしいとの相談です」 「ええ……」  私は思わずげんなりとしてしまった。  物忌みとは、陰陽師の占いにより、その日は出てはいけないと定められた日のことを差す。素直な人であったら、陰陽師の占いは絶対と信じて言われた通りに動くのだけれど、一部の貴族は金を出して、暦の予定を都合のいいものに陰陽師に書き換えてもらっているのは知っている。  物忌み以降連絡取れなくなったというのは、普通に心変わりのせいで連絡を取らなくなったんじゃと考えるのが普通の話だ。  つまりは、ただの恋人同士の別れ話。  そんなのわざわざ陰陽寮に来ずに、普通に使用人に探してもらえば済む話では。私の声に晦はちらりと振り返ると、小さく口をパクパク動かした。 『お静かに』  そう言っているように見えた。  はあい。私は渋々黙っていたら、晦は笑顔を稚児に向けた。 「それはそれは。姫様のお名前と、恋人のお名前、教えてもらってもいいですか?」
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