番の呪いと陰陽師

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 稚児は晦に促されて、口を開いた。 「はい……あざみ姫です。朝廷にて祭事頭を務めてらっしゃいます」 「ほう、祭事頭ですか。それはさぞや大変なことでしょうね」  ちなみに催事頭は、春花国で行われる祭事の予定を陰陽寮の占いを聞きながら全部決める職務である。  一部はたとえ雨が降ろうが槍が降ろうが決行しないといけない祭事がある一方、雨天で予定日とずれてしまっても、まさか占いでよくないとされる日に変更する訳にもいかないから、天気を読む才能がなかったら務まらない職務となっている。 「それで、祭事頭のあざみ姫ですが、なかなかいらっしゃらない恋人はどこの誰ですか?」 「はい……民間の術士の薄月(うすづき)様です」 「なるほど」  私は晦に「民間の術士って?」と尋ねると、稚児に聞こえないような微かな声で教えてくれた。 「陰陽寮に所属してない術士も存在してるんですよ。貴族でもないのに陰陽寮に入るには骨が折れますが、民間の場合はその限りではありませんから」 「なるほど……」  平民は常日頃からあやかしに襲われる危機に陥っている上に、陰陽寮は基本的に貴族優先だ。  だから紫陽花区はほったらかしにされている訳だし、それに対抗するべく民間の術士だっているんだろう……。  あれ、でもこれって。  あざみ姫は朝廷で働いている以上、普通に貴族の姫だ。一方薄月は民間の術士な以上、平民だろう。これって普通に身分違いの恋では。  晦は稚児に二、三点話を聞いてから「わかりました。なにかわかりましたら、すぐにあざみ姫を訪ねますから」と言って稚児を帰らせると、ようやっと振り返った。  私はおずおずと晦に尋ねた。 「あのう……薄月とあざみ姫って、普通に出会えるものなの? 朝廷詰めの姫と民間の術士なんて、そうそう出会えるものでは……」 「これが朝廷の中でも侍女とか他の仕事でしたら、あざみ姫が恋に恋したいあまりに拗らせた妄想で済むんですけど。彼女が祭事頭な以上、出会うこともあるでしょう」 「ええ……祭事の予定を決める仕事で……?」 「祭事を一年単位で決めるとなったら、天気を読むことの他に、祭事を執り行う場所に一度は足を運ばないといけませんから。百聞は一見にしかずとはよく言いますけど、祭事頭の場合もそうです。出会うとなったらそこで出会ったのでしょう」 「ああ、それならば……でも民間の術士が全然連絡取れなくなったというのは心配ですね?」 「そこなんですよねえ……」  晦は少しだけ溜息をついた。 「晦?」 「いえね。箱入り娘の姫様には少々嫌なものを見せるかもしれないと思いましてね」  そう言われて、私はむっとする。 「箱入りって言うほど箱入りじゃないです。普通に朝廷に通ってお話を伺っていましたし、腕っぷしも鍛えましたから」 「箱入り娘は自覚ない人のほうがほとんどですよ。自覚ある箱入り娘はそうなるよう誘導してますから」 「もう! すぐからかうんだから!」 「では、まずは薄月の家を訪ねてから、事情聴取に行きましょうか」 「……そこは占いで特定とかじゃないんですねえ」 「暦で行動自体は読めても、人の心までは読み解ける訳はないでしょ」  晦はそう言いながら、てくてくと歩きはじめた。私はそれに慌ててついていく。 ****  基本的に都のどの区域にどの人が住むかというのは、朝廷で決められて振り分けられている。つまりは、のっぴきならぬ事情がない限りは引っ越しは禁止となる。  例外があるとすれば、都の外に出なければいけないときや……没落したときだ。  桔梗区の場合はこんな具合だけれど、紫陽花区の場合はもっと混沌としている。 「なんというか……桔梗区よりも建物がごみごみしてますね?」 「そうですねえ。桔梗区のように、すぐに建て替えができませんし。嵐やらあやかしの強襲やらがあったら家は簡単に潰れますし、いつ建て替えられるかわかりませんので、隣家との敷居ができたりしています」  あからさまに故意に壊された民家は、かろうじてござと麻縄でふん縛られて補強されているのが見え隠れする。  私はそれになんとも言えない顔をしていると、ごみごみとした場所の中でも比較的活気のある場所に出てきた。  ござを敷いた上に、野菜やら干物やらを売っている場所に出たのだ。 「民間の市場ですよ。ここならば、薄月の話も聞けるかと思いますので、聞き回りますよ」 「あっ、はい」  早速その場にいた野菜売りに「すみません」と晦が声をかけた。  野菜売りをしていたお姉さんは「はい?」と顔を上げた。 「商売中にすみません。人探しをしておりまして……術士の薄月という方をご存じですか?」 「あー……あの人ねえ。なんですか。またあの人なにかやらかしましたか?」  お姉さんは心底呆れかえった声を出した。それに私は「えっ?」と晦を見上げた。  晦はというと「やっぱり」というような表情を浮かべていた。 「いえ。彼女を探している姫が、連絡が取れなくなったとおっしゃって捜索依頼を陰陽寮に出しましたので」 「あららあ……お貴族様が入れ込むような男じゃありませんって。あれは」  お姉さんは呆れ返った様子のまま、教えてくれた。 「薄月の女好きは、この界隈じゃ有名ですよ。たしかにね、あたしたちもあやかしには手も足も出ません。だからあれが来てくれたらものすっごく助かる部分もあるんですけどね。とかく女に滅法弱くて、女を助けるってのに息巻いてる部分も大きいですから」 「そりゃまあ……祭事頭が彼に助けられたとかなんとかおっしゃってましたけど」 「あらまあ……そりゃご立派なお貴族様で。薄月が貧乏拗らせているせいで、精一杯彼に支援でもしたんじゃないですか? お貴族様であれに入れ込んで貢ぎまくった挙句、雲隠れされたってことで、探しにいらっしゃる方多いんですよ。あれは術士としては上等でも、人間としてはクズですからね。まじでやめておいたほうがいいとでも、そのご立派なお貴族様には教えて差し上げてくださいな」  私は頭が痛くなってきた。  ……そりゃ朝廷でも、女官にちょっかいをかけまくっては乗り換えまくって人間関係をややこしくした男の話とかは流れてくる。  まさか民間にも、女官に養われまくって乗り換えまくっている人がいるなんて思わなかった。  私は「もうそれをそのまんまあざみ姫に教えて差し上げたほうがいいですよぉ」と晦に言ってみたものの、晦は「そうですか」とにこやかに言う。 「それで、彼の家は?」 「今帰ってますかねえ。いるとしたら。そちらの辻で右に曲がった突き当りで」 「ありがとうございます。あと、瓜をひとつください」 「はいよ」  晦は野菜売りから情報料として瓜を買うと、それを齧りながら教えてくれた道を歩きはじめた。  私からしてみれば、ますます意味がわからない。 「あのう……どうして。もう探しても無駄じゃないですか。あの人最低でしょう。あざみ姫だって、そんな人にこれ以上入れ込む必要ありませんし」 「いえねえ。薄月の情報がいくつかおかしな部分がありましたから、それを確認したくって」 「女好きの遊び人って、そりゃたしかに問題あるおかしな人だとは思いますけど……」 「あはは。姫様からしてみれば、女ったらしのろくでなしにしか聞こえなかったでしょうなあ。ですが、私は存外それだけではないかもしれないと思いましてね」 「どこがですか……」  さっきのお姉さんの話を思い返しても、せいぜいあやかし狩りをしているという本職はやっているという部分以外に褒められる部分が見当たらない。  私が目を半眼にして考え込んでいると、晦はクスクスと笑った。 「それだけ貢がれまくってるんだったら、むしろそのまんま貢がれてたほうがいいと思うんですけど、自分から連絡取れなくして支援を打ち切っているのが気になりましてな。それに本職の術士を疎かにもしてませんしねえ」 「そういえば」  男の人にはたまにいる。  この国だと男の人は武官か陰陽師にならないと高給取りにはなれないから、そのまんま女官のひも同然になっている人。  薄月はてっきり典型的なひもだと思ったんだけれど、どうも晦はそう取らなかったみたいだ。  そうこう言っている間に、目的の家が見えてきた。 「それじゃあ、本人がいるかどうか、確認しましょうか」
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