番の呪いと陰陽師

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 私たちはあざみ姫に報告も兼ねて、月に一度の実家帰りを待って彼女の宅へと向かうことにした。  あざみ姫は朝廷で働いているだけあり、背筋をピンと伸ばし、長い御髪にしっとりとした艶を浮かべた美人だった。 「それで……薄月様は」 「彼はなかなか大変ですよ。夜な夜なあやかし退治に追われ、そのせいで家と身内をなくした人々をずっと匿っていますから」  晦の言い方に、私はあざみ姫からは見えていないのをいいことにジト目になる。  物は言いようって奴だ。  それにあざみ姫は「そうですか……彼らしいですね」と俯いていた。  そういえば彼女も祭事の取り締まりのために出向いて襲撃されていたのだから、薄月があやかし退治と人助け……主に女性とはいえども……が生きがいだってことは知っていたのかもしれない。  その中で、晦が言った。 「なにぶんあやかしが夜な夜な出るため、紫陽花区の皆々も困っていますから。次のあやかし退治のため、陰陽寮もできる限りは人を出したい所存。できましたら、祭事の予定表を見せてはくださいませんか?」 「はい? ですが、私も陰陽寮からいただいた暦を確認して、一年の祭事の予定を組んでいますので、わざわざ私がお見せせずとも……」 「いえ、ひとつこちらでは確認しようもないことがございますから」  そういえば。と晦とあざみ姫の話を聞いていて気が付いた。  晦は元々、朝廷でなにかが起こっていても、何故か陰陽寮に情報が入らないと憤っていたから、朝廷側の人間の私を捕獲したんだっけか。  でも。祭事頭は一年の祭事を、きちんと陰陽寮から物忌みとかの情報をもらった上で立ててるはずなのに、それでも陰陽寮側の情報だけじゃわからないって……なんで?  紫陽花区に頻繁するあやかし騒動を、紫陽花区に家を持っている晦すら知らないっていうのも、たしかに変な話だし……。  私が首を捻っている中、あざみ姫はしばらく考えてから、「わかりました」と言った。 「祭事の予定はお引渡しします。ただし条件がございます」 「条件?」 「……もう一度だけでいいです。薄月様にお会いしたいのです。お引き合わせ願えました暁には、祭事予定表をお渡しします」 「それはそれは。恋は偉大なものですな。わかりました。場を整えましょう」  そう言って晦がにっこりと笑うものだから、私はあざみ姫が見えていないのをいいことに、晦の背後に回って思わず彼の背中を蹴っ飛ばした。  彼がいきなり前屈みになったのを、あざみ姫は「あのう?」と怪訝な顔で見ていた。  私たちは一旦紫陽花区の薄月の家に顔を出しに行く最中、当然ながら文句を並べた。 「なんでそんなこと言うんですか!? 薄月はあざみ姫と別れたがっていたじゃないですか! あんなのあざみ姫が傷つくだけですよ!」 「いやいやいや……私もひとりの姫の恋心と都の安寧を天秤にかけるとなったら、都の安寧のほうが大事かなと」 「ひ、め、が、お、か、わ、い、そ、う、で、す!!」  私が思わず晦の背中をバシバシ叩くと、晦はそれに「ははは」と笑った。 「私からしてみれば、薄月も大概だとは思いますけどね。あれは出会った女性出会った女性、本気で好きだったのでしょう」 「……女ったらしですか」 「女性からは嫌われるでしょうなあ。ただ、あれの本命は常に未来に出会う女性。自分が過去の男になることで、女性が幸せになれるんだったら、それでかまわんという男ですよ」 「……私、そういうの、あまりよくわかりません」 「そりゃそうでしょうなあ」  晦は私に視線を合わせてきた。  ……この人の上滑りする愛の告白の意図は、私には未だによくわからない。だって晦、人を躊躇なく利用するのと、人のことを大事に思っているのが同列なんだもの。  あやかしのせいで身寄りのなくなってしまった女性たちを大勢囲んで、自分が助けた貴族に貢いでもらったもろもろで生活送れるようにしている薄月と、どう違うのかが今の私にはわからない。  私が晦の視線をジト目で睨んでいたら、晦はにこりと笑みを浮かべる。 「姫様は大事に育てられていますからね」 「……お父様には大事にされていたと思いますけど、王族としては微妙ですね」 「そうかもしれませんがなあ」  それで会話は終わった。 ****  薄月とあざみ姫の逢瀬を手伝ったあと、あざみ姫からは約束の通りに一年の祭事予定表をもらった。 「最低三年分。できましたら、あざみ姫が就任してからの分、全ていただけますか?」 「ご、五年分もですか……本来ならばこれは朝廷からの持ち出し厳禁ですから、さすがにこれ以上は……」 「できましたら陰陽寮の暦と照らし合わせたいのですが、あなたの権限でできる範囲で」 「……三年分まででしたら、なんとかできるかと思います」 「それでは、それでお願いします」  私は訳がわからないまま、晦の傍に立った。 「どういうこと?」 「言ったでしょう。本来祭事頭は陰陽寮から暦を出した上で祭事予定を決めるのに、こちらでは把握してない祭事も執り行われている」 「……もうひとつ噛んでいるとは、さっき晦も言っていましたね」 「ええ……神庭です」  それに私は目を瞬かせた。  本来、あそこは私が出家して神嫁として生涯に渡って楽の奉納をするはずだった場所。  ちなみに出家して神庭に行けるのは、ただの貴族では無理で、降嫁したとかでもいいから、王族の血筋がないと無理とされている。 「神庭に、そんな権限があるなんて、私ちっとも知りませんが」 「ええ。神庭の全容はほとんど王族が担っていますから、普通の貴族でも情報は降りてきません。だから、あなたの体に式神を付けて送り出したんですから」 「……私の魂をいきなり引っこ抜いた理由の一端は、そこだったんですか」 「ええ。式神からも情報は一応得てはいますが……今のところは、外からでも知れるような情報しか送られてはきていません」  そう言いながら、晦は手を伸ばした。  途端にパタパタとなにかが飛んできた……黒い蝶である。黒い蝶は金色の鱗粉を振りまきながら晦の指に止まると、晦は蝶を通してなにかを見はじめた……おそらくは、蝶の得た情報を読んでいるんだとは思うけれど、傍からだと詳細はなにもわからない。 「……ええ、神庭で横笛を吹いて叱られたと出ました」 「悪かったですねえ、弦楽器一切駄目で! 横笛以外まともにできなかったんですからしょうがないでしょ!」 「ははは……祭事予定を確認しましたが。やはり神庭が立てた祭事予定には、陰陽寮が一切関与できなくなっていました」 「それは、どうして……」 「たとえばこの日」  確認してみると、これは普通に地鎮祭のようだった。新しく建物を立て直す際に、神官を神庭から呼んできて、滞りなく建て替えが終わるように祈るお祭りだ。  その日付と陰陽寮の暦を当てはめる。 「……陰陽寮の方、物忌みだったり方違えだったりで、ちっとも地鎮祭に行くことが無理ではないですか?」 「ええ。陰陽寮も人数が多い訳ではありませんが、少ない訳でもありません。ですが、これだけ全員が動けない方角で行うなんてこと、普通はありえませんし、わざわざそんな予定は立てません。普通に考えれば」 「陰陽師に関与されたくなかった……?」 「そうなりますね。そんな場所が五か所もあるなんて、異様です。わざわざ三年分もの祭事予定表を確認しなければ見つからなかったのも、巧妙ですし」 「でも、そんな巧妙な手口が使えるのは……」 「……朝廷でしょうね」  それに重々しく黙り込んでしまった。  私は朝廷に足を運んではいても、せいぜい武官たちと交流していただけで、そこでなにが行われていたかなんて知らない。  お父様はそもそも朝廷では毒にも薬にもならない部署の役人だから、上がなにをやっていてもお父様の耳には入らないはずだ。  叔母上はそんなものを見過ごしていたんだろうか。  ……ううん、私はそんなことも見ていなかったんだと、少しだけ胸が重くなった。
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