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あなた、最低ね。
そう睨んだ顔が、脳裏から離れない。張られた頬がひりひりと痛む。それを押さえながら、彼女の消えた道を眺めた。
下校途中の通い慣れた道。いつも三人で歩いた道。幼馴染の彼女と、彼女の姉と、僕の三人で歩いた道。今日はどうしてか、ひとりだった。いや、先までは彼女と一緒だったから二人だったのだけれど、たった今、喧嘩別れしてしまってひとりになった。
ひと息ついてとぼとぼと帰路に着く。
つい先日、彼女の姉に告白された。僕と彼女は同い年で、彼女の姉は二つ上。今年はちょうど受験の年で、都会の大学に行くのだそうだ。だから、と思ったのかもしれない。告白してきたのは。そのときよくよく考えれば良かったのだけれど、そのとき僕は舞い上がって二つ返事でオーケーを出してしまった。
だってそうだろう。彼女の姉は美人なのだ。そして都会の大学に行けるほど頭もいいのだ。ずっとずっと憧れてきた人に「好き」と言われて、舞い上がらないはずがない。
今日の帰り道、彼女と二人きりだったのは、彼女の姉は受験のために今は家を空けているから。僕は彼女に告白されたことを話したし、きっと彼女は既に家の中でその話を聞いていたかもしれない。僕の話を聞いていた彼女は、最後にこう尋ねてきた。
「尾木くんは、お姉ちゃんと同じ大学に行くの?」
そう尋ねられたとき、僕は「え?」と首を傾げた。
確かに都会の大学には憧れる。彼女の姉の行く大学は僕にはレベルが高すぎる気がするけれど、都会ならほかにもいっぱい大学はあるだろう。
けれど、僕は首を横に振った。
「やっぱお姉ちゃんと同じ大学は無理か~」
「ううん、僕は都会には行かないよ」
大学のレベルの話ではなく、僕は都会に出るという考え自体がなかった。これでも家の長男、大きくなったら家を継ぐつもりでいたから、ここに残るしここから出て行くつもりもなかった。もちろん、今のご時世、学はあるに越したことはないけれど、行くつもりなのは地元の大学。
そんなの当たり前だろうと僕が言えば、彼女の表情が一気に険悪になった。
「都会に行かないの?」
「行かないよ?」
「お姉ちゃんと付き合っているのに?」
「うん」
だって、彼女は、大学が終わったら戻ってくるのでは。
そんな僕の無防備な頬に彼女の張り手が入ったのはコンマ一秒あるかないかのところ。
「あなた、最低ね」
彼女の吐き捨てるような声。そのまま彼女は背を向けて走っていってしまった。
後日、聞いた話だ。
僕は彼女と結婚させられるらしい。まだ決定事項ではないが、彼女が僕の家に嫁いでくるらしい。彼女は姉と同じく都会の大学に行くことを望んでいたらしいけれど、学力が足りず認められなかったそうだ。そのことを彼女に聞いたら、彼女は不機嫌そうに事実だと応えた。
「お姉ちゃんは、本当に君のことが好きだったんだよ。でも、おんなじくらい、外に出て勉強したかった」
尾木くんは好きにどこへでも行けるんだから、都会にでもどこにでも行っちゃえば良かったのに。
その言葉に何も言い返せず、それ以来、僕たちは一緒に帰ることもなくなった。
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