ごめんなさいしか言えない奴隷

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奴隷を連れていかれたアルは落ち着かなかった。 皇族殺しは重罪である。疑わしきは罰する、が当たり前の世界だ。 今のうちに逃げるしかないな、とアルは思った。 奴隷には悪いが、あいつはおそらく拷問を受け、そして何もわからないままイエスと言わされるだろう。そして、皇室の奴らは奴隷の告発が証拠だといって、アルを捕らえにくるはずだ。 「悪いな」 アルはそうつぶやくと、急いで荷物をまとめて家を出た。 元々生贄として買った奴隷だ。依頼者がいなくなったとなればもう使い道は無い。仕事も満足に出来ないただの湯たんぽである。捨てたって問題ない。自分の命のほうが大事だ。どうせあの奴隷だって、一回鞭で叩かれさえすればすぐに音を上げて皇子の望む答えをするはずだ。 アルは遠くの街へ向かって走っていく。 風が冷たかった。 アルは少しだけ、あの奴隷の暖かさを思い出して、胸が重くなった。 夜になり、小さな街について宿を借りる。 食堂へ向かって豚の丸焼きを注文すると、何やら噂話が聞こえてきた。 「知っているか、あの皇室の事件」 「ああ、弟君が兄上を暗殺しようとした件だろう。弟君もへましたもんだね」 「呪術師に頼んだとか噂だが」 「呪術師なんて人間の底辺みたいな奴に頼むなんて、弟君も恥ずかしいねぇ」 勝手なこと言いやがって。お前らみたいな下々のもんに何がわかる。アルは不機嫌そうに顔をふせる。 「そうそう、今その呪術師の家の奴隷が尋問にかけられているそうじゃないか。依頼をうけたのかって」 「ええ、奴隷なんかに尋問したらすぐゲロっちまうだろ。あいつら忠義はねえからなあ」 「それがね、何もしゃべらないらしいよ」 その言葉に、アルは思わず顔を上げた。 噂話は続く。 「どんだけ鞭で打たれたって、何も言わないんだと。イエスもノーの何も反応しないんだと」 「それはまあ……手こずりそうだねえ。奴隷なんて呪術師は見捨てるだろうに。可哀想に」 ガタン、とアルは立ち上がった。近くにいた客たちはびくっとした。 アルは皿に残った豚の丸焼きを小脇に抱え、食堂に金を払うとすぐに外に飛び出した。 「何してんだあの奴隷は。どうせ殺されるのに意地張って無理に苦しみやがって。馬鹿なのか」 そう呟きながらアルは走る。 目的地は、皇族の住む城であった。
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