ごめんなさいしか言えない奴隷

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アルが皇族の住む城の近くについたころには、もう夜が明けそうであった。 アルは門番に言った。 「呪術師アルが来たと伝えてくれるか。俺の奴隷を返せって」 名前を伝えると、皇子がすぐに部下を連れて外にやってきた。 「アル。申し訳ないが、まだ君の家のものとの話は終わってないんだ」 「悪いね皇子様、俺はお願いしにしたんじゃねえんだ」 そういって、アルは皇子に、足元を見るよう促す。 そこには、魔法陣が描かれていた。 「なんだこれは」 一瞬動揺したようだったが、皇子は努めて冷静にたずねる。アルはニヤリと笑ってみせた。 「この陣の中に入っているものを生贄に、俺は呪いをかけることができる。皇子様を生贄にしたら、かなり強い呪いをかけることができるだろうな。例えばこの国を日照り続きにする、とか」 「馬鹿な、そんな事、出来るわけがない」 皇子は吐き捨てるように言った。 アルは笑う。 「まあ皇子様、見ればわかるだろう」 そう言って、アルは皇子に手をかざした。魔法陣から一歩も動けなくなる。 周りの部下や門番たちは慌てた。しかし当の皇子は、一切動じていない。 「さすが皇子様、肝のすわり方が違うな」 「いや、俺も呪術師を見くびっていたようだ。ただの卑怯な暗殺者だと思っていた」 「当たっている。俺はただの卑怯な暗殺者さ」 アルは言った。 「では、弟から俺を殺すよう依頼を受けた事を認めるんだな」 皇子は動けないのに偉そうだった。 アルは笑った。 「ああ、俺は依頼を受けた。呪いをかけるための生贄も用意した。それがお前らが連れて行った奴隷だ」 アルの言葉に、部下たちはすぐにアルに刀や銃を向けた。 「おいおい、忘れてんのか。俺はお前らの大事な皇子様を人質にとってんだぜ」 「呪術師は、大きな呪いをかける時に呪詞を言わなくてはならないだろう。それも静かなところで。お前が呪詞を述べるより先に、部下たちが君を捕らえるよ」 皇子は勝ち誇ったように微笑んだ。 「そうか、残念だ」 アルはそう微笑むと、静かに手をおろした。 皇子の拘束が解ける。 「今だ!呪術師を捕らえろ!!」 皇子の命令で一斉に部下たちはとびかかる。 しかし…… 「いない!消えたぞ!!」 部下の一人が叫ぶ。 アルはその場から煙のように消えていたのだ。 皇子はハッと顔を上げて急いで命じた。 「呪術師の奴隷を確認しろ!!逃げられたかもしれない!!」 皇子の命令で、部下たちは急いで城の中の牢屋へ向かった。 しかしそこはすでにもぬけの殻で、奴隷もアルのように跡形もなく消えていた。 小さな魔法陣だけが残っていた。豚の丸焼きの匂いを残して。
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