3人が本棚に入れています
本棚に追加
アルが皇族の住む城の近くについたころには、もう夜が明けそうであった。
アルは門番に言った。
「呪術師アルが来たと伝えてくれるか。俺の奴隷を返せって」
名前を伝えると、皇子がすぐに部下を連れて外にやってきた。
「アル。申し訳ないが、まだ君の家のものとの話は終わってないんだ」
「悪いね皇子様、俺はお願いしにしたんじゃねえんだ」
そういって、アルは皇子に、足元を見るよう促す。
そこには、魔法陣が描かれていた。
「なんだこれは」
一瞬動揺したようだったが、皇子は努めて冷静にたずねる。アルはニヤリと笑ってみせた。
「この陣の中に入っているものを生贄に、俺は呪いをかけることができる。皇子様を生贄にしたら、かなり強い呪いをかけることができるだろうな。例えばこの国を日照り続きにする、とか」
「馬鹿な、そんな事、出来るわけがない」
皇子は吐き捨てるように言った。
アルは笑う。
「まあ皇子様、見ればわかるだろう」
そう言って、アルは皇子に手をかざした。魔法陣から一歩も動けなくなる。
周りの部下や門番たちは慌てた。しかし当の皇子は、一切動じていない。
「さすが皇子様、肝のすわり方が違うな」
「いや、俺も呪術師を見くびっていたようだ。ただの卑怯な暗殺者だと思っていた」
「当たっている。俺はただの卑怯な暗殺者さ」
アルは言った。
「では、弟から俺を殺すよう依頼を受けた事を認めるんだな」
皇子は動けないのに偉そうだった。
アルは笑った。
「ああ、俺は依頼を受けた。呪いをかけるための生贄も用意した。それがお前らが連れて行った奴隷だ」
アルの言葉に、部下たちはすぐにアルに刀や銃を向けた。
「おいおい、忘れてんのか。俺はお前らの大事な皇子様を人質にとってんだぜ」
「呪術師は、大きな呪いをかける時に呪詞を言わなくてはならないだろう。それも静かなところで。お前が呪詞を述べるより先に、部下たちが君を捕らえるよ」
皇子は勝ち誇ったように微笑んだ。
「そうか、残念だ」
アルはそう微笑むと、静かに手をおろした。
皇子の拘束が解ける。
「今だ!呪術師を捕らえろ!!」
皇子の命令で一斉に部下たちはとびかかる。
しかし……
「いない!消えたぞ!!」
部下の一人が叫ぶ。
アルはその場から煙のように消えていたのだ。
皇子はハッと顔を上げて急いで命じた。
「呪術師の奴隷を確認しろ!!逃げられたかもしれない!!」
皇子の命令で、部下たちは急いで城の中の牢屋へ向かった。
しかしそこはすでにもぬけの殻で、奴隷もアルのように跡形もなく消えていた。
小さな魔法陣だけが残っていた。豚の丸焼きの匂いを残して。
最初のコメントを投稿しよう!