新しい暮らし

2/8
前へ
/38ページ
次へ
*****  帝都から少し離れた小さな村に、ユノは一人で住んでいた。  両親の残してくれた家は、一人で住むには少し広い。  けれど、これまで恋すら経験したことのないユノには、一緒に生活したいと思えるような相手もいなかった。かといって、生まれ育った家を売り、引っ越そうと考えたこともない。  帝都や皇宮で働くために村を出る若者も多かったが、贅沢な暮らしを望んだりしなければ、村での仕事だけでも十分に生活はしていける。  三年前に流行り病で両親を亡くしてからも、なんとか一人でこの家を維持してきたのだ。この村に住むのはいい人ばかりだし、これからもここで暮らしていきたいとユノは思う。  そんなユノに新しい家族ができたのは、寒さが少しずつ柔らかい日差しに変わり、村の畑に種を蒔き始めた季節。  誰かと縁があったら結婚もしてみたいけれど、今は自分の生活を支えるだけで精一杯だと、そんなことを考えていた矢先だった。  畑での仕事を終えて帰宅したユノの家の前、自分の身を守るようにして丸くなっている猫がいたのだ。  本来白いはずである毛は酷く汚れていて、毛に付着した泥が固まりゴワゴワになっている。  今にも息絶えそうなくらい弱っているのかと焦ったけれど、ユノが近づいた瞬間に猫は顔を上げ、そのままゆっくりと伸びをした。  生意気にも「中に入れて洗え」とでも言っているのだろうか。ユノに向かってニャオと鳴き、扉を叩くように一度引っ掻く。 「……初めて見る子だけど、君、家はあるの?」  ユノの問いに返事はせず、その猫はもう一度ユノの家の扉を引っ掻く。  随分と人に慣れているようだけど、飼い主が探していたりしないのだろうか。そんなことを思ったが、現状この猫はユノの家に入りたがっているのだ。  この猫に家があるのかないのか分からないが、帰る素振りがまったくない。帰り道の分からない猫をこのまま放り出すのは可哀想だし、とりあえず一度洗ってあげた方がいいだろう。  扉を開けると、猫は当然のような顔をしてユノの家に足を踏み入れる。泥だらけで部屋に上がるのは遠慮しているのか、玄関でじっとユノを待っているようだった。意外にもいいこだ。 「あー……えっと、お湯の準備してくるから、少しここで待っててね」  食事や寝床の準備よりも先に、とりあえず洗ってあげなくてはいけない。  まるでユノの言葉が分かっているかのように、猫はニャアと短く鳴いて返事をした。  温めた水で泥を流し、濡れた毛を拭いて乾かし、ユノの膝の上でくつろぐ猫に丁寧にブラシを通す。汚れていた体は真っ白になり、泥だらけで丸まっていたのが嘘のように美しくなった猫は、満足そうな顔をしてユノの寝床に横になった。  そうしてユノの手によって綺麗な姿になった猫は、結局そのままユノの家に居着くこととなったのである。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加