新しい暮らし

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 シオンは相変わらずユノの言葉にしか返事をしないし、ユノにしか擦り寄ってこない。これだけ対応に差があるのだから、どうか早く諦めてくれないだろうか。  何度お断りをしても皇帝は諦めずに家まで来るので、精神的な負担がユノの心に重くのしかかっていった。  こんな無礼な真似をして、いつ処刑されてもおかしくないとは思っている。  しかも最近では、とんでもない噂が帝都まで広がっているらしいのだ。  皇帝陛下が暇を見つけては、皇宮に近くもない小さな村に足繁く通い始めたのだから当然である。皇后を亡くされてから沈み切っていた陛下に心を寄せる存在ができたと、それはそれはすごい早さで噂が広まっているらしい。  皇帝が訪れる民家に誰が住んでいるかなんて、村民なら誰でも知っていること。皇帝の通う家にはユノという若い娘がいるのだという話も、風の速さで帝都まで伝聞されていった。  確かに、皇帝がユノの家に通っていることは何も間違っていない。しかし、どうかそれだけを聞いて勘違いしないでいただきたい。  皇帝が溺愛しているのは猫のシオンであって、皇帝陛下にとってユノはただの交渉相手なのだ。決して噂話になるようないやらしい関係ではない。  皇帝は畏れ多くもただ懇々とユノと話をして、どうかシオンを譲って欲しいと言葉で頼むだけであった。  それを断るだけでも心苦しくて仕方ないのに、皇帝に付き添う側近のヤンという男は、それ以上にユノにとって大きなストレスだった。  皇帝と一緒にいる時はただ静かにユノのことを冷たく見下ろすだけのくせに、ヤンはそのあと再び一人でユノのところへやってくるのだ。  そうして一対一の状況になってから、皇帝の言う事が聞けないならこの国で生きていく資格はないとか、とっとと引き渡した方が猫も幸せだとか言って、ネチネチとユノに圧をかけてくる。  村の人からも嫌な噂をされ、少しずつ距離を置かれるようになった。  ヤンには毎日のように脅され、貶され、自分勝手な飼い主でシオンも哀れだと吐き捨てられる。それに加えて週に二回の頻度で皇帝が直々に頼みにくるのだから、いつまでも強い気持ちを持ち続けることはできなかった。  シオンを大好きなことに変わりはないのに、一緒に幸せな生活をしていくビジョンがどんどん見えなくなっていく。
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