最終話

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最終話

 今までこの家に多くの相談者が訪れた。  彼らの悩みを聞きながらお茶会を開いてきたが、今日ほど緊張して頭が混乱することはなかった。 「……なんで今日は子どもの姿なのよ。ずっと大人の姿だったのに」 「女子の時は大人の姿の方がウケがいいんだよ」  いつものように、翼の隣にはアヤト。彼は子どもの姿でベストにハーフパンツという、お坊ちゃまスタイル。 二人の向かい側には客人がいるのだが────翼は肩を縮みこませて猫背になっている。視線を上げられず、テーブルの木の年輪を見つめて数えたくはないな……と余計なことを考え、気を紛らわせている。 「生徒たちがこの家のことを話していて、僕も行きたいなって思ってたんだよ。お庭も素敵だし、可愛いお家だね」  客人は大人の男性。今まで訪れたことのないタイプだ。スーツ姿で翼にほほえみかけたのはつい昨日、顔を合わせて逃げ出した相手────夢原だ。  彼は昨日のことについては言及せず、翼との再会を純粋に喜んでいるようだった。  正直、名前を覚えてもらえていたのは嬉しい。もう九年も前の生徒なのに。 「まさか噂の人が二村さんだとは思わなかった。久しぶりだなぁ……。随分大人になったね」 「せ、先生こそお元気そうで何よりです……」  緊張して上ずった声になってしまい、顔が真っ赤になる。もう顔を上げられない……と、目をぎゅっと閉じた。  彼はかすかに震えている翼に苦笑いすると、アヤトの方に体を向けて会釈した。 「僕は昔、二村さんの学校で勉強を教えていたんだ。君は?」 「俺は翼お姉ちゃんの親戚です! ここにはよく遊びに来るんです」  アヤトは高い声で元気いっぱいに答えた。するりと丸椅子から下りると、翼に向かって手を挙げた。 「塾に行ってくるね! 翼お姉ちゃんバイバーイ」 「あ、行ってらっしゃい……」  翼はアヤトのアドリブに小さな声で見送ることしかできなかった。  彼女の様子に夢原は眉を下げ、後ろ手で頭をかいた。 「突然来てごめんね……。しかもいい歳したおじさんが。生徒たちの方が気楽でしょ?」 「そんなことはないです! 急なお客さんはいつものことですし……。先生は何も変わってません」 「そうかなぁ。えへへ、ありがとう」 「い、いえ」  せっかく来てくれた彼ともっと話したいのに。喉が封鎖されたようにうまく声が出せない。  いつ翼の母校から転勤したのかとか、今はこちらに住んでいるのかとか────結婚したのか、とか。  自分語りにならない程度に、自分の卒業後のことも報告したい。  だが、それは夢原から聞いてくれた。なぜこちらに住んでいるのか、と。 「そうかぁ。お仕事大変だったんだね。頑張ってきたんだね」 「ありがとうございます……」  彼のねぎらいだけで、ここ数年の心の疲れが吹き飛んだ気がする。  優しいほほえみはあの頃と変わらなくて、毎日見られる生徒たちがちょっぴりうらやましくなった。 「僕は三年前に今の高校に赴任したんだ。二村さんが通っていた高校みたいに大きな高校もおもしろいけど、小さな学校で教えるのもいいなって。ここは海沿いで緑豊かなのもいいよね。だから二村さんがここで休暇を過ごすの、選んで正解だよ!」 「ここが好き、って思ってる人がいて嬉しいです」 「うん、来てよかった。ウチは私立だし、このままずっとここにいるつもりなんだ」  そして祖母のこと。生徒たちが口をそろえて魔女の家と呼んでいるがその由来は何か、とか。 「魔女のおばあさんか。なんだかおとぎ話みたいで楽しいねぇ」 「先生は理系なのに非科学的なことを信じるんですか?」  これは翼の偏見だが理系は皆、科学で証明できないことは信じないものだと思い込んでいた。だから彼が祖母のことを興味深そうに聞く姿は意外だった。  夢原は彼女のことを笑い飛ばし、”半分半分かな”と腕を組んだ。 「こんな素敵なお家に住んでいるだもん。植物もいっぱいあって、童話に出てきそうじゃない。おばあさんが実は魔法を使える人だったって可能性はあるんじゃないかなぁ。だから二村さんたちが昨日、周りの高校生たちに溶け込んでいたのは魔女のお孫さんだからかなって妄想してた」 「妄想……」  やはり彼はどこかずれているというか、天然なのはふわふわな髪だけじゃないというか。昨日鉢合わせたことに動じていない様子は大物感すらある。 「その……昨日のは魔法っていうか悪魔の力? っていうか…」  アヤトのことをここでぶっちゃけるわけにもいかないし……と言い訳を考えていたが、夢原はその話を広げることはしなかった。  二人でリビングでお茶をしていると、彼と結婚したような錯覚に陥る。しかも彼に出したのは、翼と色違いのマグカップだった。  翼がまともに夢原と目を合わせられるようになった頃、彼はスーツの袖をまくった。 「もうこんな時間か。晩御飯の準備するよね、そろそろお暇しようかな」  立ち上がった夢原に寂しさを覚えながら、翼も一緒に立ち上がった。 「今日は来て下さってありがとうございました」 「お礼を言うのはこっちの方。久しぶりに教え子に会えて嬉しかったよ。またウチの生徒がお世話になるだろうけど、その時はよろしくね」 「もちろんです」  脳裏に佳乃のことが思い浮かび、夢原の背中を見て目を伏せた。  チャンスは今しかない。翼の長期休暇だってもう終わりの方が近くなってきてるのだ。その内、この大好きな家から離れなければいけなくなる。  焦りのせいか、喉の奥から早く出させてと言わんばかりに言葉が押し寄せた。 「先生!」 「ひょっ!?」  思ったより大声になってしまい、バッグを持ち上げた夢原が変な声で跳びはねた。 「わ、私……。変な形だったけど、先生にまた会えてよかったです。あの頃はまだ子どもで、あ、今でもうまく話せなかったけど……。先生のこともっと知りたい────その……結婚、されてます?」 「残念ながらしてません……」  翼の質問は夢原にダメージを与えたのか、彼は両手の人差し指をつつき合わせてしゅんとした。 「僕は男らしくないというかなよなよとしてるので……」  なぜか急に敬語になった彼に、翼は苦笑いをしようにもしづらかった。  夢原のビジネスバッグが足元で落ちたのが聴こえた。  翼はほんの少し背伸びをし、彼の首に腕を回していた。 「ふっ、ふふふふたむらさん!?」  挙動不審に声を震わせた彼は、空中で腕が不自然な形で固まっている。  なぜ突然こんなことができたのか、自分でも分からない。  翼は赤くなった頬で目を伏せ、小さくつぶやいた。 「────先生。好きです」  とうとう言ってしまった。  もうこれ以上は言葉を紡げない。”好き”に想いの丈をこめた。九年分の想いを。 『君は……心を開けなかったんだな』 『ごめんなさい……』 『なんで君が謝るんだ。君を振り向かす……君の本当に好きな人になれなかった俺が悪い』  どんな人が現れても、夢原以上に好きになれる人はいなかった。  夢原は困惑して”はわわ……”と目を回していた。抱きしめた時にぶつかったのか、メガネがズレている。 「……ごめんなさい。急に変なことを言って……」  大胆なことを言ってしまったと自覚した翼は恥ずかしくなって腕を下ろし、うつむいた。 「待って、二村さん……」  視線だけ上げると、夢原が自分の両頬をピシャリと叩いた。いい音を響かせると、メガネの奥の瞳が気持ちキリッとした。 「それは……本当なの?」 「はい……」  彼と目を合わせられずに猫背になると、頬に手を添えられた。かがんだ彼は首をかしげた。 「そんな顔しないで」  震える口を引き結び、こぼれそうな涙をこらえると彼はほほえんだ。 「……嬉しい。好きって言ってもらえて嬉しいよ。ありがとう、二村さん」  お礼を言う彼の手も声も優しくて。翼の全てを包みこむ。この瞬間を永久に保存して何度も何度も繰り返し、幸せを味わえたらいいのにと思った。  夢原は目を細めたまま翼の頭をなでる。彼女の耳に唇を寄せると、甘く優しいミルクのような表情でささやいた。  アヤトがこの家を旅立つ日が来た。夢原がこの家に来てから二週間経つ。  高校生の相談にのり、高校に潜入したのが昨日。 『翼ちゃん、相談にのるのはこれで最後にしよう』 『どうして?』  三日前。相談に来た高校生を見送り、片づけをしていた時のことだった。 『俺の転生のためのポイントは十分稼げた。今まで協力してくれてありがとう』 『そんなこともあったっけ……。正直忘れていたわ』  そういえばそうだった。はじめは休暇中に何をしているのだろう……と思ったこともある。  だが、やりがいがあったしお礼を言われるのが嬉しくて張り切る自分がいた。  大好きな祖母と同じようなことができたのも楽しかった。 『それならそれでいいんだよ。俺もそれそっちのけで君といることが楽しかったしさ』 「あーもう、泣かないで。俺も後ろ髪引かれちまう」  門の前に立つアヤトは、困ったように後頭部をかいている。  翼は自分でも驚くほど名残惜しくて涙をこらえられなかった。  夢原の前で泣いて以来、涙もろくなってしまった。今ではテレビでドキュメンタリーを見てると感情移入し、すぐに涙ぐんでしまう。  アヤトは翼のことを抱き寄せた。今日が最後だからと割り切っているのか、珍しく翼はためらいなく顔をうずめた。 「だって、こんな突然出ていくなんて……」 「ははーん。翼ちゃん、さては俺にホレてたな~?」 「それはない」  アヤトの自意識過剰発言に、胸板に弱々しく拳を叩きつけた。 「ま、君にはいるもんね。守ってくれる彼氏が」  翼が顔を上げると、アヤトは得意げに鼻を鳴らした。  天然パーマと丸メガネの、ちょっと抜けている夢原。彼がこの家に訪れた日、二人は連絡先を交換した。  今は海辺を散歩したり、街へ出たりとデートを重ねている。  彼氏という単語に頭から湯気を吹き出した翼は、首を全力で振った。 「まっまだ決まったわけじゃないし!」 「"まだ"ねー。付き合う予定はちゃっかりあるんだ~?」 「~っ!」  アヤトの意地悪そうな笑みに最近、夢原と出かけた日のことがよみがえる。  近頃は隣に並んで歩く時の距離が近くなった。お互いに手を動かせばふれあいそうなほど。  その日もあっという間に夕方を迎え、彼は意味深なことを言い残した。 『今は友人でいよう。でもいずれは……そうだなぁ……』 『いずれ……?』  その言葉の真意が分からないほど子どもではない。続きを聞かせてもらおうと首を傾げると、夢原は慌てた様子でメガネを押し上げた。 『ううん! 独り言!』 『そうですか……』 『でもいつか僕から言わせてね。君にばかり言わせてちゃ不公平だ』  そんなことを言ったら答えを教えられたようなものなのに。二人はまるで真っ赤な茹でタコになり、それぞれ別の方を向いててごまかした。 「豊橋(とよはし)に行ってどうするの?」  彼は悪魔。これからも気まぐれに生きていくのだろう。あえて質問したら彼は口の端を上げた。 「焚きつけてやりたい相手に会いにいくのさ」 「はぁ……?」 「君は自分の幸せだけを考えてくれ。君が結婚する頃にでも会いに行くよ」 「その時は招待状を出すよ! これからも連絡していいでしょう?」  アヤトはそれには答えず、腰をかがめて翼の額に唇を押し当てた。  まだ夢原にもされてないスキンシップだが、後ろめたい気持ちにはならない。いつの間にか彼とはいい友人として、パートナーとしての関係を築けていたからだろうか。 「アヤト……?」 「……悪魔からの最後の贈り物。魔除けだ。きっと一生、君のことを守るよ」  熱を持った唇の感触が残っている。額を押さえると、アヤトは片目を閉じて翼に背を向けた。 「あ……ありがとう! あの時話しかけてくれて、一緒にいてくれて! 人間力を鍛えるためにもっと料理がんばるよ! アヤトも……離れても元気でね!!」  ためらいなく歩を進める背中に大きく手を振り、精一杯の感謝を叫んだ。  思えば彼にはお世話になってばかりだった。  風子の孫だからというのもあるのだろうが、彼は長いことそばにいて様々なサポートをしてくれた。  悪魔の羽と変わった瞳がなければただの人間だ。女性相手なら誰にでも甘く、男にはちょっと厳しい人間の男。  アヤトと過ごした長期休暇は楽しかったし、学べたことも多かった。誰かのために働くってこういうことなのかもしれない。  今までの仕事にこだわるのはやめようか……と、最近は考えていた。 (ばっちゃ……不思議な縁をありがとう。アヤトはおぞましい悪魔じゃなかった。世話焼きで女の子が好きなホスト。社会人になってから一番楽しかったひと時かもしんない)  アヤトの背中が見えなくなった頃、翼のポケットから軽快な音楽が鳴り響いた。スマホを取り出して画面を見ると、海外旅行中の母親からの電話だった。 「……あ、お母さん? 久しぶり。家なら大丈夫だよ。え、オーストラリアのお土産? 何がいいかなぁ……」  電話をしながら庭を抜け、家の中へ入った。  もうすぐ両親が帰国するらしい。翼の長期休暇が終わる前に顔を合わせることができそうだ。  まだ関係は進んでいないが夢原のことも紹介したい。 『ぼ……僕と結婚してください。君との縁は特別だと思ってます』  デートを重ねて付き合うようになり、夢原からプロポーズをされたのは、再会してから一年経った頃だった。  その間に翼は今までの仕事を辞め、こちらへ移り住んだ。  久しぶりの両親との暮らしは楽しかったし、懐かしい祖父母の家で過ごす日々は充実していた。  朝起きて新海のおばあさんとのんびり散歩をし、朝食を食べて花の水やりや手入れをする。  身支度を整えると畑に行き、野菜の世話や雑草抜きの作業にいそしむ。収穫時期を迎えた野菜は小さなハサミで切って収穫し、家の庭で売り出す。  この頃から自宅で作ったドライフラワーやポプリ、サシェなどをネットで販売するようになった。おかげでそれなりに収入を得ている。リピーターもつくようになった。どれも届く人の顔を想像して楽しんで作業している。  そんな両親も始めこそ、歳の離れた夢原と付き合うことをやんわりと反対していた。しかし、夢原の人柄にふれる内に彼のことを気に入った。  次第にこの家に招待して食事をするようになり、結婚が決まった時は誰よりも喜んでくれた。 「何してるの?」 「あ。おかえりなさい。全然気付かなかった……」  結婚してからは実家に近いマンションで、夢原ことカイと暮らしている。  彼は夕方になり、勤務先の高校から帰ってきた。丸メガネのつるを軽く持ち上げて目を細め、翼の手元をのぞきこむ。  翼はサシェに使う小さな袋をミシンで縫っていた。彼が帰ってきたことに気づけなかったのは、ミシンの激しい音のせいだろう。  ネット販売は実家にいる頃より売れ行きが上がった。発送のための資材は一度に買う量がドカッと増えた。 「君は集中力がすごいからなぁ。……今日もいいにおいがする」 「……あぁ、午前中はアロマオイルをいじっていたから。換気はしたんだけどにおい気になる?」  翼は部屋を見渡して鼻をスンスンと鳴らした。ずっとここにいるせいか、自分ではにおいが分かりづらい。  カイは首を振って否定すると、作業を中断している彼女に抱きついた。 「いいにおいがするのはこっちです!」 「も、もう何!」  翼の首に腕を巻き付けるカイの顔はフニャフニャしている。頬を彼女の後頭部に押しつけてすりすりと動かした。  こうして甘えだすと長い。翼は”まだ途中なのに……と”しかっめ面の仮面を作り、顔がとろけそうなのをこらえた。  カイの笑った顔はマイナスイオンを発しているのか癒される。なんでも許したくなってしまいそうになる。  反対に翼が涙する時には優しく抱きしめ、彼女の気が済むまで話を聞いてくれる。彼といると、自分はダメになってしまうのではないかと心配になりそうなほど優しくしてくれた。  カイは翼の首元に顔を埋めたまま、彼女だけに聞こえる声でささやいた。 「……翼はね、花のにおいがする。かすかだけど僕には分かる」 「ポプリとかじゃなくて?」 「全然違うよ。君自身が発してるみたい」 「そんなこと言われたことないけどな……」 「僕だけの君の香りってことで」  そう言うと翼の頬にキスをし、背中を伸ばした。 「金曜日か~……。どっか食べに行こ? 君は今日も働きづめだったんじゃないか?」 「私にとっては楽しいことだから。働きづめでも疲れないよ?」 「君にとってはそうでも、いつかガツンと疲れにやられそうで怖いんだよ。今は決まった休日が無いから、たまには何もしない日を作った方がいいよ」  それもそうか、と翼はサシェの袋の山を見た。どれもデザインが被っておらず一点物ばかり。昼ご飯を食べてからずっと作り続けていた。我ながら凝り性だし集中力がすごいと思う。 「カイさんの言う通りかも……」 「でしょ? さ、何食べに行く?」 「迷うな……。せっかくだから街に出ない? のんびり決めよ」 「いいね。行き当たりばったりってことで」  ミシン周りを軽く片付け、着替えて鏡台の前に座った。首元ではガラスのネックレスが輝く。 『ばあちゃんの鏡台は翼が持っていきなさい』 『いいの?』 『あんた、子どもの頃から気に入ってるでしょ? ばあちゃんも私物は翼の好きにさせて、っていつも言ってたから』  結婚した今、祖母の鏡台の前でメイクをするのが特に好きになった。祖母も愛する祖父のためにこうしていたのだろう。  その間にカイもスーツから私服に着替え、玄関先で待っていた。  彼と付き合い始めてから、翼の私服にスカートが増えた。カイも褒めてくれるし、誰かのために着飾るのは悪くないと思うようになったからだ。 「菊地さん、今は他のクラスに彼氏がいるみたいだよ。睦月君が間を取り持ったって聞いた」  自宅を出てカイの愛車に乗ると、エンジンをかけるのと同時に彼が口を開いた。 『魔女がユメ先生と付き合ってるんだって!』 『この前デートしてるの見た!』  カイに彼女ができた、という噂はすぐに広まった。二人がデート中に生徒たちに会うことが多かったからだ。  それを知った佳乃に”裏切られた気分だ”と恨まれたが、しばらくしてから謝罪しに来た。  まだ自分は子どもだし、翼の長年の片思いには勝てるはずがない。それにカイと翼が並んでいるところは似合っているから、と。 「……カイさんは、佳乃ちゃんに好かれていたこと気づいてた?」 「正直ねー。あのコはあからさまだったからなぁ。ちなみにどっかの誰かさんもバレバレだったよ?」 「どっかの……?」 「僕の前だとカチコチになって黙り込んじゃうどころか、真っ赤な顔でにらみつけてくるの。目を離すと嬉しそうな顔をして手を握り締めてた。今は素直にいろんな表情を見せてくれるようになったから嬉しいよ」  翼が膝の上で丸めた両手に、カイの左手が重ねられた。  赤くなった顔は夕陽のせいだけでない。翼が腕の先を見つめると、カイが目を細めて顔を近づけた。 「あの時から僕も君のことが好きだって都合のいい嘘はつけないけど、君が伝えてくれた想いの分愛してるよ」 「はい……」  突然の愛を確かめる甘いささやき。翼は頭から湯気を出し、うなずくことしかできなくなった。彼女の反応を楽しんでいるカイは、重ねた手に一瞬だけ力をこめると正面に向き直った。 「わ、私も好きです!」  若干力んだ愛の言葉にカイは驚いたようだが、照れ臭そうに頭をかいて何度もうなずいた。恥ずかしいけど好きという気持ちはたくさん伝えた方がいいなと思った。  かつて魔女の孫と呼ばれた翼は、今では一心にカイを愛するただの人間。  翼の長年の想いを埋めるようにどちらからともなく二人は顔を寄せ合った。  唇を重ねると、その甘さに自然とほほえみがこぼれた。 Fin.
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