本気

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長岡くんとつき合い始めて、最初の何週間かは楽しかった。 でも、会うたびにキスをされるようになって、それが……あまり好きじゃなかった。 だから、その先なんてもっと考えることが出来なくて、「夏休みにどこか遠くへ行こう」と言われてからは、それを断る口実ばかり考えていた。 そんな時、お姉ちゃんが経営するクッキングスクールで夏休みの間だけお菓子教室の助手を手伝ってくれないかと言われ、喜んでその申し出を受けた。 夏休みの最初と最後にバイトを入れておいてから、その後、長岡くんにまるまる全部実家で過ごすことになったと伝えた。 長岡くんは「家の手伝いなら仕方がないよね」と言ってはくれたけど、その表情は不機嫌そうに見えた。 9月の頭にこっちへ戻って来た時、言葉ではうまく言い表せないくらいの、小さな違和感を覚えた。 もしかしたらあの頃からかもしれない。 長岡くんが烏丸さんと仲良くなったのは…… だから、もともとの原因はわたしにある。 「由希はどう思ってるの?」 「2人の仲良い姿を見てほっとした。わたし、もう頑張らなくていいんだと思って」 「頑張るって……」 「『彼女』として期待に応えなくちゃいけないって言い聞かせても、どこかもやもやしたものが残ってしんどかった。長岡くんも、自分から『付き合って』って言ったから、他に好きな子できたの言えなかったんだね」 「由希、それ本気で言ってる?」 「え? うん」 「違うよ。長岡くんが何も言ってこないのは、『あわよくば』って考えてるからだよ。校内で堂々と浮気とか、彼、バカなんじゃない?」 「『あわよくば』って何が?」 「別れなさい! とっとと別れてしまいなさい!」 「そうだね。今回のことで恋愛とか向いてないってよくわかった」 「わたしは由希がここまでズレてるとは思ってなかった」 沙穂は大きなため息をついた。 「言おうかどうしようかずっと迷ってたけど、言うね。由希は長岡くんのこと好きになろうとしてるだけだったと思うよ」 「そう……なのかな……」 「『好き』って、気がついたらそうなってるものだと思う。自分ではどうしようもないもの」 「『付き合って』って言われた時、本当に嬉しかったんだけどな……」 「抹茶のクッキーちょうだい。食べたい」 「うん」 「由希が作るの甘いものばっかだよね。たまにはサンドイッチとか作ってよ」 「パンはね、発酵の見極めがあるし、温度によって水分量の調節とかあるから――」 「パンから作れとは言ってないから」 長岡くんには烏丸さんと幸せになってほしい。 ちゃんと話そうと思って、長岡くんに電話をしたけれど留守電だった。 それで、メッセージを残して電話を切った。
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