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授業が終わったら、長岡くんと会ってちゃんと話をすることを決めていた。
一緒にご飯を食べに行こうと言われていたけれど、そのつもりもない。
これまでも、いつも約束は、わたしの方が授業の終わる時間が遅い日で、売店の前のベンチで待ち合わせだった。
冬が近づいてきて、もう外での待ち合わせは寒いんじゃないかと思い、待ち合わせ場所を変えようと何度も言ったのに、長岡くんは「大丈夫だよ」と言うばかりで、結局聞いてくれなかった。
どこかで時間を潰してると聞いていたから、あまり顔も出していなかったけれどサークルの部室にでも行っているのか、同じ学部の人と一緒にいるのか、詳しく聞いたことはなかった。
これまで5時50分まできっちりと授業をしていた教授が、初めて30分も早く授業を終えた。
それで、待ち合わせの場所へ急いだ。
いつもなら校舎の中を通って、売店近くの出入口から外へ出るのだけれど、その日は授業のあった教室から一番近い出入口から外へ出た。
そして校舎と校舎の間にある中庭を通って売店へ向かった。
いつもとは違うことばかりだった日。
売店が見えてきたところで、すぐ側のベンチに1組の男女が座っているのが見えた。
近づくにつれ、その男女が誰なのか、はっきりとわかった。
わたしが待ち合わせをしている長岡くんと、長岡くんの後輩の烏丸さん。
外はもうすっかり暗くなっていて、売店の薄明りくらいしかない。
だから、普段は人の多い売店前にはもう誰もいない。
長岡くんと烏丸さんの2人だけ。
2人の距離は何だか近くて、まるで恋人同士みたい、なんて思った時だった。
わたしの目の前で2人はキスを始めた。
「始めた」という表現が適切なキス……
数度、ふれては離れるようなついばむキスの後、それはやがてお互いを求め合うような濃厚なものに変わっていく。
長岡くんの手は烏丸さんの腰と彼女の後頭部にあって、自分から離れていかないようにしっかりと支えている。
烏丸さんも、そんな長岡くんの背中に自分の腕を巻きつけ、彼にしがみついている。
すぐそばにいるわたしの存在に気づく気配もなく、2人は長くキスを続けていた。
わたしに負の感情は全くない。
間近でそれを見たわたしは……ほっとしていた。
良かった、って本心からそう思った。
だから、2人がようやく体を離し、「もうすぐあいつが来るから」と長岡くんが言うのを聞いて思った。
気にするくらいなら他の場所ですればいいのに。
そして、気がついた。
そっか、いつもだったらわたしはこの時間にここにはいない。
あと30分近く、彼らは「何かをして時間を潰す」ことができるんだ。
前に長岡くんが烏丸さんと一緒にいたのも、そういうことだったのかもしれない。
長岡くんが不意にこちらを向いて、ようやくわたしに気がついた。
そして慌てて烏丸さんと距離をとった。
動揺している長岡くんに対して、烏丸さんはわたしに勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
これ、もう、いろんなこと言わなくていいよね?
「お幸せに」
それだけ言って、その場を離れた。
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