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聞いたことのない音楽が聴こえて、うっすらと目を開けると、お菓子作り動画だったはずのテレビでは、長い剣を持った黒い何かが、大きな変なものと戦っていた。
「黒い何か」と思ったのはマントだった。
そのマントをつけているのは女の人のキャラクターで、戦っている相手は、よく映画なんかで出てくるゴブリンみたいな感じの生き物だということがわかった。
マントをつけた黒ずくめの女の人は、素早い身のこなしで、自分より何倍も大きな敵に一人で挑んでいる。
相手の攻撃なんて余裕で避けながら、敵に魔法や剣を使い戦っている。
流れている動画は、どうやらゲーム配信だということに気がついた。
画面上にはいろんな文字がすごい速さで現れては消える。
それらは見ても何のことか全然わからなかったけれど、目が離せなくてずっと見ていた。
画面の端っこに表示されている、女の人の顔の横にある「HP」と書かれているところの数字は全然減っていなくて、ゴブリンみたいなやつの「HP」の数字はどんどん減っていく。
【黒の刻印】
その文字が画面に表示されると、音が消えて、急に画面が黒くなると、稲妻みたいな閃光が走った。
それでゴブリンみたいなやつがすうっと静かに消滅した。
大きく息を吐いた。
いつからか息をとめて見ていたらしい。
女の人の全身の姿が左側に映されて、右側にまたよくわからない名前のものやお金っぽいものがカウントされて動画は終わった。
配信者は「ECLAIR44」という人で、再生数も登録者数も見たことのないような桁数だった。
タイトルは「流星のバルドール サブボスを1人で攻略」と書いてあったけれど、それが何なのかわからなかった。
その後、ECLAIR44さんの動画を新しい順に何本か見て、チャンネルを登録した。
時計を見ると、いつの間にか夜中の2時を過ぎている。
キッチンへ行って、シフォンケーキの型にふれると、もうすっかり冷めていたので、型ごとラップで丁寧に包んだ。
シフォンケーキはふわふわだから、押したりしたらすぐに潰れてしまうイメージがあるけれど、上手くできたものは、ぎゅうっと押してもまた高さが戻ってくる。
パレットナイフを使って丁寧に型から抜く人が多い中、わたしはぎゅっと押して型から外す「手外し」というやつで型から外す。
意外に無茶しても、押されてぺちゃんこになったように見えるシフォンケーキは、型から外れると、またふわんと押す前の高さに戻る。
外から力を加えても自分で元に戻る。
世界は変わるのを待っていても何も変わらない。
何かを変えたいなら、相手じゃなくて自分が変わるしかない。
突拍子もない考えが浮かんだ。
今までの自分では絶対に思いつかないようなこと。
ECLAIR44さんのあの女の人のキャラがあまりにも印象に残っていたから……
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