もやもや

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教室に入ると、友人の渡辺沙穂は既に席についていて、タブレットで何かを見ていた。 「席とっておいてくれてありがとう。今日は間に合わないかと思った」 沙穂はタブレットから顔を上げると、椅子の上に置いていた荷物を避けてくれた。 「遅かったね」 「午前中、何かあったらしくて、レールの点検でJRが遅延してたから」 「遠いところに住むからよ。ひとり暮らししてるのに大学まで電車で45分とか、普通そんなに遠いところに住まないよ?」 「それはそうなんだけどね」 「まぁ、近いとたまり場になっちゃうっていうのもあるけど」 そこで沙穂はまたタブレットに視線を戻した。 「由希の場合はその方がいいかもね」 「お姉ちゃんに言われた時は意味がわかんなかったけど、今はこれで良かったと思ってる。沙穂みたいに親戚の家が近かったら良かったんだけど」 「親戚……か」 沙穂はそう言って微笑んだ。 「何見てたの?」 「推しが昨日の夜ライブ配信やってたんだけど、見れなかったから」 「EAST’MEN?」 「そう。こんなふうに好きなことが出来るのもあと2年しかないしね、満喫しておかないと」 相槌に困る。 「何か聞いて欲しそうな顔してるけど何?」 「流星のバルドールって知ってる?」 「新しいアイドルグループ? めずらしいね、由希がアイドルとか」 「違う。オンラインゲーム」 「ゲームはやらないからわからない……けど、由希がゲーム? アイドルよりレアな話」 「ちょっと興味が出て。やってみようかと思ってるんだけど、初期設定でつまづいちゃってまだ始められてもいない」 「それって、まさか……?」 「うん、まさかのアクションゲーム」 「スーパーモリオの1面すらクリアできない由希が? スプラッシュトゥーンでぐるぐるまわるだけで前に進めなくて酔ったとか言ってた由希が?」 「言わないで。わかってる」 「まぁ、何事にも挑戦するのは応援するけど、わたしに聞かれても全然わかんない。検索してみた?」 「してみた。いろんなサイトを読んだけど、読めば読むほどわからなくなって……」 「長岡くんに聞いてみたら?」 「彼は……ゲームとかしない人だから。それにそういうインドアなの好きじゃないしね」 「あー……アウトドアの方が好きそうだよね」 「話をする前から合わないって決めつけてる」 「由希、長岡くんと付き合ってて楽しい?」 「どうして?」 「なんとなく」 「合わないとこはどこかで折り合いをつけるしかないのかな、って思ってる」 「まるで熟年夫婦みたいなこと言って。わたしは違う気がするけど、由希がそれでいいなら口を出さない」 「心配してくれてありがとう」 「心配はしてないよ。しょーもないことでへこむような性格じゃないってことは長い付き合いで知ってるから。でも、彼はそうまでして付き合っていたい相手なの?」 答えに詰まってしまう。 そんなわたしに、沙穂は「教授が来たよ」とだけ言って、再びタブレットに視線を落とした。
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