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新しくサークルに入った1年生のために開かれた新歓コンパの日だった。
家が遠いことを理由に2次会を断って、ひとり駅に向かっているところを長岡くんに呼び止められた。
「待って!」
忘れ物でもしたのかと思って、立ち止まった。
「社会学部の長岡です」
「文学部の――」
「相原由希さん」
彼はわたしのフルネームを知っていた。
「相原さん、僕と付き合ってください」
さっきまでいた居酒屋でも話しかけられたりしなかったし、これまで顔を合わせることがあってもそんな素振りはなかった。
だから、あまりにもいきなりで驚いた。
長岡くんの顔がほんのり赤くなっている気がして、酔っているのかとも思った。
「あの?」
「本気です。こんなところで呼び止めて言うなんて……何ていうか……驚かせたかもしれないけど、今言わないと、大学ではなかなか会えないから」
すぐ側は大きな道路で、車が行き交う音がずっとしていたし、立っている場所は道幅の広い歩道で、人がいないわけではなかった。
だから、長岡くんの言葉に数人の人が振り返って笑ったりしていた。
でもそんなことはおかまいないしに、長岡くんは話し続けた。
「相原さん、もし、よく知らないからっていう理由で断ろうと思ってるなら、付き合ってから決めてよ」
「でも、それだと――」
「他に誰か気になってるやつとかいる?」
「……いない」
「僕のこと嫌いとか?」
「そんなことない」
「だったら、お願いします!」
頭を下げて、手を差し出された。
「難しく考えなくていいから! 友達の延長だと思ってくれたらいいから!」
沙穂とわたしは地元が同じで、中高一貫の女子校に通っていた。
その頃、彼氏がいたことのある沙穂と違って、わたしは誰とも付き合ったことがなかった。
大学に入って男子とようやく話せるようになった程度で、いきなり「彼氏」とかハードルが高い。
でも、「友達の延長」という言葉に心が動いた。
「カレカノ」という関係にあこがれもあった。
「わたしで良ければ」
そんなありきたりな返事に、長岡くんは嬉しそうな顔を見せてくれて、それでわたしも嬉しくなった。
あの時、嬉しいと思った気持ちに嘘はない。
だから、大切に……しなくちゃいけない……そう自分に言い聞かせる。
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