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寝顔はあどけないものだと言うけれど、どうやらそれはこの男にも当てはまるらしい。昨晩、あれだけ淫らに啼いていたのが嘘のように、まるでこの世のきれいなものしか見てこなかったかのような無垢な顔で、すやすやと寝息を立てている。
もう少し眺めていたいような気もしつつ、起きる気配のない様子にふっと微笑んで、静かにベッドを降りた。背後から聞こえた「ん……」という声に振り返れば、人が抜けたことで少し寒くなったのか、掛け布団にくるまるように寝返りを打つ姿。
もう少し寝ていたいだろうから、カーテンは閉めたままにしておこう。朝御飯でも作ってあげようか。服を着ながらそんなことを考えた。
あんなになるとは思っていなかったなあ。
パンを焼きながら昨日のことを振り返る。初めてでもないくせに、恥ずかしそうに顔を赤くしていた様は、その容貌に反してかわいらしいものだった。幾度も突いては、悲鳴にも似た嬌声を上げて、人の背筋をなぶってくれたものだ。
「普段から、こんななの?」
「ゃ、ちが、う、今日は、おか、し」
困惑したような混乱したような顔で首を横に振るのに、ほんとに、と意地悪をすれば睨まれてしまった。
かわいかったなあ。
頭を撫でてキスをして、それから、それから。
ふと、鼻が焦げ臭い臭いを拾った。
「あ、しまった」
慌ててトースターを止める。見ればパンは見事な黒焦げ。情事を思い出してパンを焦がすなんて、よほど自分は夢中だったらしい。
パンはまだあるから良いけれど、この黒焦げになってしまったやつはどうしようか。腰に手を当てて考えて、それからピンと良い考えが思い付く。
新しいパンを、今度は焦がさないようにタイマーでセットしてから、焦げたパンに向き直った。
ただ優しくするなんて、自分の柄ではないのだ。
「おはよう」
「……ん、おはよう」
片手を壁に突いて体を支えながら台所に顔を覗かせた姿は、パンツ一枚にシャツ一枚。ズボンを穿くという考えには至らなかったのか面倒だったのか。
「はい、コーヒー」
「ありがとう」
嗄れた声に、少しだけ申し訳なさが胸をよぎるけれど、掴んで離さなかったのは彼の方。マグカップを受け取って口に運んだ彼は、なんの疑いもなく口を付けて、それから眉を潜めた。
「……なんか、変な臭いがするんだけど」
「そうかな?」
「……これ、ほんとにコーヒー?」
「……ふふ」
「何飲ませた」
剣呑な表情でカップを置いた彼に、思わず手を叩いて笑ってしまった。
「パン、パンだよ、それ」
「パン?」
「米軍がね、かつてトーストを焼いた後に出るカスを集めて、それにお湯をかけて『コーヒーもどき』を作ったんだって。パン焦がしちゃったから試しにやってみたの」
見るからに彼が怒りながら呆れてるのがわかる。
「それをなんで私に飲ませるかな……」
「景気付けかな」
逆に疲れた、と壁に凭れるその横で、トーストの焼ける音がした。
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