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指先に力が入る。私は何かを手にしているのだ。
そうだ、私は参考書をまだ持ったままだ。これを先生にわたさなければ意味がない。
急いで追いかけなきゃ、と身体を動かそうとしたが微動だにしない。
どうして? 早くしないと彼が行ってしまう。せっかく書いた手紙が無駄になってしまう。ええい、動け!
と叫びそうになったところで目を開けた。
一瞬、知らない部屋だと思い混乱した。しかし数秒経つと意識がはっきりしてきて、ここは自分の部屋なのだと確信した。
そして私の手にはやはり何かが握られている。そこに目を向けるとスマホがあり、ひどく落胆した。
参考書はどこへやった?
ゆっくりと思い返してみると私は昔それをちゃんと先生に返却していたのだとわかり、小さくため息をついた。
「変な、夢……」
本当におかしな状況だった。先生が私にあんなことを言うはずがないし、生徒たちも応援などしてくれるわけがない。
そもそも私が先生のことを好きだなんて誰も知らなかったはずだ。
非常に緊張をしていたせいか心臓の鼓動はまだうるさく、手のひらにじわりと汗をかいている。自分を落ち着かせるためにしばらくぼんやりと天井を見つめた。
少しの落胆と、深い安堵感。
先生が生徒の私の気持ちに応えてくれるという都合のいい展開。そして、そのことが夢であったという現実。さらには。
私はもう生徒ではないのだということ。
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