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研究所は今日も平和
「うわあーーーッ!」
突如、研究所を揺らし、耳をつんざく程の悲鳴のような叫び声が聞こえ、慌ててワタシは走ってその場に駆け付ける。
ドアを開けると案の定、そこには惨状が広がっていた。
ただ千切っただけのサラダを皿に盛り付けようとして盛大に転んだようで、床には足の踏み場もないくらいに、皿の破片と野菜が飛び散り、絵画のようになっている。
目の前のテーブルに置かれた皿の端に辛うじて、ちょこんと引っ掛かっているのは、真っ黒に焦げた卵焼き。
昨日から研究漬けで疲れているからと、砂糖をたっぷり入れて甘い卵焼きを作ろうとしたのは理解できる。砂糖を入れると焦げやすくなり、焼き加減も難しいということは知らなかったようだが、真っ黒に染まったソレはもう卵焼きというより所々黄色い炭にしか見えず、とても食べられるようなシロモノではない。
吹き零れた鍋がひっくり返り、茹ですぎてすっかり縮んでボロボロの枝のようになったウィンナーが、助けを求めるように鍋底にへばりついていた。
もはや石板のようにカチコチのパンは、人間の咬合力への考慮も、発酵という概念も知らずに作られたようだ。
おまけに、淹れてしばらく経った紅茶はぬるく、既に湯気すら立っていない。
ただ朝食を作るだけなのに、なにやら事件現場のような有り様に、ワタシはしばらく呆然と部屋を見渡すことしか出来ないでいた。
「モル、また失敗しちゃった」
てへへと、舌を出して一昔前のドジっ娘のように自分の頭をポカリと叩くのは、ぶかぶかの白衣を着た少女の名前はメル。まあるい大きな瞳を無邪気に輝かせては、こちらをじっと見ている。
仕方ないと首を振ると、ワタシはゆっくりと声をかけた。
「あなたは、研究室に戻っててください。ここはワタシが片付けますから」
「はあい」
間の抜けたような返事をしつつ、サイズの合っていないスリッパで、けんけんぱでもするように、床の安全な部分を器用に渡っていく。栗色の髪がフワリと舞いながらこちらに近付いて来るのを、じっと見つめる。
「とうちゃーく!」
去り際にぎゅっとワタシの身体を短い腕で一度抱き締めて、愉快そうに笑うとパタパタと足音を立てながら、研究室に戻って行く。
その小さな後ろ姿を見送ると、はあ、と一つため息を吐いてワタシは片付けを始める。
黒焦げになった卵焼きは非常にもったいないが、流石に食べることは出来ないだろう。躊躇しつつも、ダストボックスへと投げ込む。
てきぱきとキッチンを掃除し、冷蔵庫の中身を確認する。幸いなことに、朝食になりそうな食材がまだ残っていることに安堵すると、ワタシは改めて朝食を作り始めた。
出来上がったのは、中央に卵が鎮座したハムと卵のガレットと、残った野菜の端と鍋から救い出したウィンナーを煮込んだコンソメスープ。
固くて歯の折れそうなパンも、スープに浸して食べれば少しはマシになるだろう。
栄養価もばっちり、食材の無駄も最小限に留めた。
我ながら中々の出来だと、料理の出来映えに鼻を鳴らす。
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