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再び研究室の様子を見に行くと、早朝から暴れ回ったためか、メルはすっかり疲れきった様子で目を閉じている。
どうしたものかと、しばらくの間観察するものの、一向に微動だにしない。
なんだか嫌な予感がして、白衣の裾を捲り上げると案の定そこにはディスプレイが小さく出ていた。
『充電がゼロです!ただちに充電してください!』
「あ~~~ッ!」
昨日ちゃんと充電していたはずなのに、大方ワタシが研究に没頭している間に、充電を止めて夜更かしでもして勝手に遊んでいたなと、頭を抱える。
「料理の失敗も、それが原因?」
小さく尋ねるが、既にスリープモードに移行していて、返答は無い。
取り敢えず充電用のケーブルを引っ張り出し腕に繋ぐと、まるで点滴をしているような格好になる。
目を瞑っているあどけない姿は、とてもアンドロイドとは思えない程に、精巧に造られていて、最新型といえど人間とほとんど見分けがつかない。
それも、そのはず、天才科学者であるワタシ、芽森モルがその頭脳の粋を集めて造り出したのだ、いかにもロボットです!という見た目や性能に、なるわけもない。
彼女の名前はメル。
思考も年相応の少女のものと殆ど遜色なく、良く言えば人間の思考パターンを上手く再現できていて、悪く言えば若干ポンコツ気味。
それに機械じみた面といえば、多々ある。
パンを焼くにも耳たぶ程の温度が分からず、イースト菌を熱湯で死滅させたり、火が通っていないといけないからと黒焦げにしたりと、まだ料理などの繊細な加減は出来ないようだ。
虫に異常に怯えるのも、きっと開発当初のコンピューターのバグが、本物の虫が原因で起きたことの名残からだろう。
普通助手や家庭用のアンドロイドと言えば、眉目秀麗で、家事も上手くこなせるものだし、世間ではそういったものが未だ人気だ。
だが、家事はワタシ一人で充分できるし、たまにこうして思いがけないトラブルが、研究の息抜きや刺激になるので、メルのこの抜けている部分がちょうど良い。
ぶかぶかの白衣姿のメルを眺め、服に無頓着なワタシだが、そろそろ新しい服でも買いに行こうかな、なんて気分になる。いつまでもワタシと揃いの大きさの合っていない白衣では、なんだか可哀相だ。
今度、どこかに一緒に買い物にでも行こうか、そういえば朝食で食料も使いきってしまったし、研究報告が終われば充電も終わっているだろう。外出するのには、ちょうど良い、今日の午後からでもいいか。
毎日が全くと言って良い程に予測不可能で、予定調和ばかりだった退屈な日々が今となっては懐かしい。
何が起きるのかすぐに予想がついてしまうような、天才過ぎるというのも案外つまらないものだ。
思わぬアクシデントや、普通じゃあり得ないようなミスも人生を面白くするスパイスだと、自由奔放なメルを見てつくづく思う。
「これからもよろしくね」
ゆっくりと頭を撫でると、心なしか、メルが少し笑ったような気がする。
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