1「目が覚めた悪女」

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1「目が覚めた悪女」

――デルテ・エーレンシュトラールは、<死霊使い(ネクロマンサー)>である。 この噂が広まったのは、彼女が18歳という若さでエーレンシュトラール公爵家の爵位を継いで、半年も経過した頃であった。 まだまだ現役だった父親・モルゲン、本来次期当主となるはずだった長兄・グリュックが相次いで病死し、公爵家所有の騎士団団長となるはずだった次兄・フリーデも事故死した。 最初は不幸な偶然が重なっただけだと思われていたが、その後もエーレンシュトラール公爵家と敵対する勢力の人間たちの、原因不明の病死や事故が続いた。 デルテが直接何かをしたという証拠は出ていなかったが――故に、死霊を用いた呪いではないかと囁かれるようになったのだ。 呪いの中でも、「死霊を用いている」と噂になったのは、その死を目撃した者が皆、「死霊の囁き」に苦しみ死んでいった、と証言していたから。 「公爵さま……お時間をいただき感謝します」 エーレンシュトラール公爵家執務室に現れたのは、公爵家の味方をする伯爵家当主である中年男性だった。 「……それで、何の用?」 デルテは公爵家の仕事をするでもなく、執務室の大きな机に腰かけていた。 紫がかった銀髪を肩まで垂らし、紫や黒を基調にしたドレスを纏う姿は、美しさと同時に威嚇的な印象を与える。 魅力的な大きな目を持ち、目鼻立ちも整った美しい女性ではあるが――その顔は、実に退屈そうであった。 (ああ、つまらない。どうしてこんなにつまらないの) 「こ、この度は……公爵さまのおかげで、敵対勢力の幹部はすべて潰すことができました」 (そうよ、この前私に盾突いた連中を、呪い殺してあげたばかりなのに) 《あんなんじゃたりないよ》 《モットモット》 《あんなんじゃ、でるてのかなしみは、なくならない》 《デルテノイカリモキエナイ》 《もっともっとのろってあげなきゃ》 デルテの身体には黒い(もや)が纏わりつき、老若男女、区別がつかない声が囁いている。 しかしその声も、目の前の伯爵は認識することはできなかった。 「大変感謝しております。しかしながら……そろそろ一度、活動を休止したほうがよろしいかと……」 伯爵が恐る恐る口を開くと、デルテの目が鋭くなった。 「今、なんて言ったの?」 「た、確かに公爵さまのお力は素晴らしくは、あ、あるのですが……さ、最近巷で、『そのお力』が噂になっております……」 「噂って?」 「エーレンシュトラール公爵が、死霊を使って人を呪い殺している、と……」 「ふふ、べつに噂でもなんでもなく事実じゃない」 「そ、それは……」 「でも、呪いに物証は存在しない。邪魔者を排除したところで、私を罪に問うことはできない!」 誇らしげに笑うデルテ。 《デルテガヤッタショウコナンテナイ!》 《じゃまものはころせばいい!》 しかしその言葉は――デルテに囁きかける、彼らの言葉に等しかった。 「い、いえですが……最近、王家が調査に乗り出しているという話もありまして……」 「王家が調査に乗り出したからなんだっていうの?」 《コイツモコロシチャッテイインジャナイ?》 《やっちゃおやっちゃお》 《ウラギリモノ?》 「!」 蠢く黒い靄――死霊たちの囁きの一つにデルテはピクリと反応すると、伯爵を睨みつけた。 「私の力の恩恵を受けながら、裏切ろうってつもり?」 「そ、そんな滅相もない!」 「だったら、あなたもここで死ぬ?」 「ひぃぃっ!」 伯爵は悲鳴を上げると、執務室の出入り口に走った直後――執務室の豪奢な両開きの扉が動いた。
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