3人が本棚に入れています
本棚に追加
1「目が覚めた悪女」
――デルテ・エーレンシュトラールは、<死霊使い>である。
この噂が広まったのは、彼女が18歳という若さでエーレンシュトラール公爵家の爵位を継いで、半年も経過した頃であった。
まだまだ現役だった父親・モルゲン、本来次期当主となるはずだった長兄・グリュックが相次いで病死し、公爵家所有の騎士団団長となるはずだった次兄・フリーデも事故死した。
最初は不幸な偶然が重なっただけだと思われていたが、その後もエーレンシュトラール公爵家と敵対する勢力の人間たちの、原因不明の病死や事故が続いた。
デルテが直接何かをしたという証拠は出ていなかったが――故に、死霊を用いた呪いではないかと囁かれるようになったのだ。
呪いの中でも、「死霊を用いている」と噂になったのは、その死を目撃した者が皆、「死霊の囁き」に苦しみ死んでいった、と証言していたから。
「公爵さま……お時間をいただき感謝します」
エーレンシュトラール公爵家執務室に現れたのは、公爵家の味方をする伯爵家当主である中年男性だった。
「……それで、何の用?」
デルテは公爵家の仕事をするでもなく、執務室の大きな机に腰かけていた。
紫がかった銀髪を肩まで垂らし、紫や黒を基調にしたドレスを纏う姿は、美しさと同時に威嚇的な印象を与える。
魅力的な大きな目を持ち、目鼻立ちも整った美しい女性ではあるが――その顔は、実に退屈そうであった。
(ああ、つまらない。どうしてこんなにつまらないの)
「こ、この度は……公爵さまのおかげで、敵対勢力の幹部はすべて潰すことができました」
(そうよ、この前私に盾突いた連中を、呪い殺してあげたばかりなのに)
《あんなんじゃたりないよ》
《モットモット》
《あんなんじゃ、でるてのかなしみは、なくならない》
《デルテノイカリモキエナイ》
《もっともっとのろってあげなきゃ》
デルテの身体には黒い靄が纏わりつき、老若男女、区別がつかない声が囁いている。
しかしその声も、目の前の伯爵は認識することはできなかった。
「大変感謝しております。しかしながら……そろそろ一度、活動を休止したほうがよろしいかと……」
伯爵が恐る恐る口を開くと、デルテの目が鋭くなった。
「今、なんて言ったの?」
「た、確かに公爵さまのお力は素晴らしくは、あ、あるのですが……さ、最近巷で、『そのお力』が噂になっております……」
「噂って?」
「エーレンシュトラール公爵が、死霊を使って人を呪い殺している、と……」
「ふふ、べつに噂でもなんでもなく事実じゃない」
「そ、それは……」
「でも、呪いに物証は存在しない。邪魔者を排除したところで、私を罪に問うことはできない!」
誇らしげに笑うデルテ。
《デルテガヤッタショウコナンテナイ!》
《じゃまものはころせばいい!》
しかしその言葉は――デルテに囁きかける、彼らの言葉に等しかった。
「い、いえですが……最近、王家が調査に乗り出しているという話もありまして……」
「王家が調査に乗り出したからなんだっていうの?」
《コイツモコロシチャッテイインジャナイ?》
《やっちゃおやっちゃお》
《ウラギリモノ?》
「!」
蠢く黒い靄――死霊たちの囁きの一つにデルテはピクリと反応すると、伯爵を睨みつけた。
「私の力の恩恵を受けながら、裏切ろうってつもり?」
「そ、そんな滅相もない!」
「だったら、あなたもここで死ぬ?」
「ひぃぃっ!」
伯爵は悲鳴を上げると、執務室の出入り口に走った直後――執務室の豪奢な両開きの扉が動いた。
最初のコメントを投稿しよう!