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「デルテ・エーレンシュトラール!」
扉の向こうに立ち高らかに声を上げるは、金髪に鮮やかに光る紅い瞳を持つ女性だ。
赤いバラの刺繍が施された白いドレスに、薄い赤色の外套を纏っている。
煌びやかであると同時に、騎士のような威厳を持つ、不思議な印象を与えた。
後ろに控える、鎧や剣を身に着けた文字通り騎士たちが、扉を開けたらしい。
「あ、アンネローゼ王女!」
伯爵は、デルテから逃げるように現れた女性に駆け寄る。
アンネローゼ・エーデルシュタイン――エーデルシュタイン王国の第一王女だ。
「アンネローゼ王女! 今わたくしは、公爵に呪い殺されるところだったのです!」
《うらぎった》
《ホラウラギッタヨ、デルテ》
伯爵が鬼気迫る様子でアンネローゼに縋るのを見て、デルテに纏わりつく死霊たちが騒ぎ始める。
そして同時に――デルテの胸にも、抑えきれない不快感と怒りがあふれ出した。
「そうね。この場にいる全員を、呪い殺してあげる!」
《ソレガイイ》
《そうしよう》
《モットモットコロソウ》
デルテが両手を振り上げると、彼女にまとわりついていた死霊たちが腕に巻きつき、振り下ろすと同時に伯爵たちに殺到する。
噂通り、デルテは死霊で人を呪い殺すことができる<ネクロマンサー>であった。
しかしその力は、決して万能などではない。
「――ハネス!」
アンネローゼが、指輪をした手を振り下ろすと――伯爵の前に一瞬で小さな光の粒子が集まった。
次の瞬間、その光は人の形を取り――顕現する。
「まったく……死霊使いが荒いよ」
現れたのは、長い髪を後ろで束ね、革鎧にマントという、旅人や剣士かと思える男。
だがその手には、真っ黒な鉱物で作られた杖を持っていた。
迫りくる影たちに向けて杖を掲げると、まばゆい光が杖全体から放たれ――影を弾き飛ばした。
《なんだこいつ》
《チカヨレナイ》
《なんでどうして》
弾き飛ばされた死霊たちが、デルテの元に戻っていく。
「この男、何者……?」
「その者は、我が<英霊使い>の力によって呼び出した<英霊>よ」
「英霊……?」
「あなた、王家の血を分けるエーレンシュトラール公爵家の人間なのに知らないの?」
アンネローゼは呆れた様子で肩を竦める。
「かつて、戦争や大災害の際に活躍したあらゆる分野の英雄……彼らの魂を呼び寄せ、使役できる者。それが<英霊使い>なのよ」
「死霊を扱うってこと? なら私と同じね」
「っ!」
デルテがバカにするように笑うと、アンネローゼの目つきが鋭くなった。
一瞬何か言いかけたようだったが、気を取り直したようで――アンネローゼは笑みを浮かべていた。
「あなたの凶行もここまでだわ」
「ここで王女サマも死ねば関係ない」
「いいえ、わたくしは死なない。むしろ死ぬのはあなたよ――デルテ・エーレンシュトラール」
誇らしげに言うと、アンネローゼは懐から一枚の紙を取り出した。
「――デルテ・エーレンシュトラールを、王家への反逆罪で即刻処刑いたしますわ」
「! 反逆罪? どういうこと?」
「やりすぎたのよ。いくら物証が出なくても、あそこまで自分たちの敵対勢力の幹部を消していけば、怪しまれるに決まっているでしょう?」
「あくまで私の邪魔をした者だけよ。なぜそれが王家への反逆罪、しかも即刻処刑する許可まで下りるの?」
「あなたが呪い殺した証拠を出せるのよ、<英霊使い>のわたくしならね!」
「っ……」
「その証拠が受理され、あなたをこのまま生かすわけにはいかないという結論に至ったのよ。国の平和のために」
高らかに宣言すると、アンネローゼは伯爵の前に立つ男――ハネスに目を向ける。
「さあ、歴史に名を刻んだ大魔術師、ハネス・フランク! あの反逆者を処刑なさい!」
「……」
魔術師、ハネス・フランク。
遥か昔、魔物による大災害が起きた際、類稀なる魔術を駆使して人々を守ったとされる英雄。
得意分野は当然魔術なのだが、実際には杖を振り回して戦う武闘派でもあったという。
だが彼は今、苦虫を噛み潰したような顔で、杖をデルテに向けていた。
先ほどは杖全体が輝いていたのに対し、今度は杖の先端――デルテに向けられた部分が発光する。
《アレハダメダ》
《あびたらだめだよでるて》
《ニゲテ》
《にげろ》
《ハヤク!》
デルテが動くよりも速く、ハネスが放った光はデルテの身体を貫通した。
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