3人が本棚に入れています
本棚に追加
2「孤独な公爵令嬢」
デルテ・エーレンシュトラールは、公爵家の長女であり、末っ子として生を受けた。
王家の次に高い爵位を持つ家に生まれたデルテだったが、その日々は決して幸せとは言えなかった。
エーレンシュトラール公爵家では、夜の食事は家族揃って取る。
公爵家当主、モルゲン。
長男、グリュック。
次男、フリーデ。
そして長女、デルテ。
女当主であるはずの母は、この当時の10年前、デルテを産んだ際に死亡している。
それからはこの四人で、食事用の長テーブルを囲んで食事を取っていた。
「……グリュック」
食事が始まって少しした頃、手を止めたモルゲンが口を開いた。
モルゲンは、このとき40歳で、短く切り揃えられた、クセのない銀髪を持っていた。
いつも眉間に皺が寄っていて不機嫌そうに見えるが、高い爵位を持つ者としては威厳を感じさせる顔つきでもあった。
「はい、父上」
答えたのは、長男のグリュック。
肩まで伸ばした父親譲りの銀髪を後ろにまとめ、やや神経質そうな顔つきをした20歳だ。
「近頃は、帳簿の管理を任せていたが……問題ないか」
「まだ教育係の手を借りてはいますが……だいぶ慣れて来ました」
「そうか」
「このままいけば、問題なく領地運営の知識を身に着け、父上の補佐を始められます」
「……期待している」
短いやり取りではあったが、父と息子の信頼関係を感じさせる。
「フリーデ」
「はい」
次にモルゲンが声をかけたのは、次男・フリーデ。
モルゲンやグリュックの持つ銀髪よりも少し紫色が入っており、かなり短く刈り込んでいる。
父や兄と同じように細面ではあるが、目は大きく、二人よりも多少人懐こそうに見える顔つきをした18歳の青年だ。
「騎士団での活動はどうだ。ナハトにしごかれているのだろう」
ナハト――ナハト・レンネンリッターはモルゲンの弟であり、今は公爵家所有の騎士団エーレンシュトラール騎士団の団長である。
「確かに叔父上のしごきは厳しいですが……やりがいがあるので、問題ないです」
「ならよい。騎士団は領地の治安維持にも関わる大事な組織だ。将来団長となるべく、研鑽を積むように」
「もちろんです。最近は、父上が連れ帰られた少年が下働きをしてくれるおかげで、団員たちも鍛錬に集中できているんですよ」
「……そうか」
兄グリュックは生真面目に見えるのに対し、フリーデは明るく親しみやすさがある。
「……」
兄二人との会話のあと、再びモルゲンは口を閉じ、食事を口に運ぶときだけ開ける。
――デルテに話しかけるどころか、目を向けることもなかった。
モルゲンと兄たちの会話が途切れるたびに、すぐ話せるようにと食べる手を止めていたデルテだったが――
(……今日も、話しかけてもらえなかった)
モルゲンは元々口数が多い男ではなかったが――デルテに話しかけないのは、今に始まったことではない。
今はもういない乳母やメイドたちの噂によれば、女性そのものがあまり得意ではない、らしい。
れっきとして公爵家の一員であるし、こうして食事にも呼ばれている。
最低限の生活は保障されてはいるのだが――
(また、言えなかった……)
デルテにはこのとき、父親にあることを告げるタイミングを見計らっていた。
(今日の夕食のときには、ちゃんと言わなきゃ……)
翌日の朝食を終えたデルテは、食堂から自室に戻ってきた。
自分に言い聞かせながら部屋に踏み入れると――嫌な気配がして、立ち尽くしてしまうことになる。
最初のコメントを投稿しよう!