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そう言って墓前に手を合わせる仁香の瞳に、映ったもみじの赤色がきらりと光る。
「頑張っていて偉いわね。お姉ちゃんとしては、あまり無理しないで欲しいけれど。あなたは世界で一番可愛くて頑張り屋さんで最強最高で自慢の妹だもの!」
励ましてはみるものの、残念ながら、私の声はひとつたりとも妹には聞こえない。
死んだときのことは幸いにもまったく覚えていなくって、気づいたらこの状態で、いわゆる幽霊ってやつなのかな。時折優しく吹く風が私を天国へと誘うのを拒んで、まだもう少しだけ仁香の帰りを待っていたいと願ってみたら、なぜだかわからないけれど、ここに留まれたの。
この声が聞こえなくても構わない……いや。まあ、ほんとうは、ちょっとくらい届けばいいな~って念を込めておりますけど、込めすぎると、悪霊になっちゃう気がしてほどほどに。そんなコロっとなれるものなのかは知らないわよ。いっそ、なれるものならなっちゃった方が、べったり仁香に取り憑けるのかしら? ――な~んてね。
「仁香ったらそんなに長く手を合わせなくてもいいのよ~」
私はもう寒さは感じないけれど、あなたは風邪を引くかもしれないから、早く帰りなさい。お父さんとお母さんの待つ家に、帰りなさい。
「……よし。冷えてきたから、そろそろ帰るよ」
「うん」
「姉ちゃんならきっと『頑張っていて偉い』って褒めてくれるよね」
「ええ」
「『でも無理だけはするな、つらかったらいつでも帰って来ていい』って励ましてくれる気がする」
「よくわかるわね」
「『世界で一番可愛くて頑張り屋さんで最強最高で自慢の妹。とってもキュート・プリティー・ラブリーでワンダフル!』とも言うだろうなぁ」
「…………あなた、ほんとうに聞こえていないのよね……?」
「じゃ、また来るってばよ!」
「ちょ、ちょっと――」
――行っちゃった。
お墓をあとにするあなたの後ろ姿にしんみりとしちゃうのは、きっと、お線香の煙が目に沁みるせいね。
ぽろっとこぼれた雫を妖精さんが拭ってくれる。
『イッチャッタネ』
『ゲンキダネー』
『マタクルカナ?』
葉が落ちて、また春に新しい芽が出て、綺麗な花が咲く。そうやって、あなたの人生が豊かでありますように。お姉ちゃんはいつまでも見守ってい……
……るわけにはいかないの!
『フユジタク!』
『コロモガエ!』
『イソガシイ!』
「……わ、わかってる!」
移ろう季節の裏では妖精さんが活躍してるって、仁香だけじゃなく、生きている人たちは誰も知らないでしょう。
この町は人口だけでなく妖精の数も減少傾向にあるものだから、幽霊の私まで駆り出される羽目に。今年は冬の妖精の到着が遅延していて、秋の妖精が仕事を代わらなくちゃいけないの。なかなか葉っぱを落としたがらない樹木の妖精と交渉したり、さっさと咲きたがるせっかちな花の妖精を宥めたり、ああ忙しい!
――というわけで、仁香。お姉ちゃんはとっても元気にやっています。そろそろ幽霊から神様的な立場に昇進するかもしれませんが、まだ迷っています。神様になったらますます忙しくなりそうだもの。ちょっと面倒よね?
お互い健康第一で過ごしましょう。
またあなたと会える日を、楽しみにしています。
「♪呼んでも還らぬ 遠い日よ
春夏秋冬 季節は巡る~ っと」
本日は春眠が心地いいひなたぼっこ日和。
まだてっぺんが白い山にも桜の花が咲き。
動物たちもそろそろ冬眠から目覚めそう。
妖精さんはお花見の準備に勤しんでいる。
懐かしい歌をつい口ずさんじゃうくらい、私の気分も上々!
の~んびりとした時間が流れるこの町に、なにやらガラガラ・ドタドタ・バタバタと騒がしく響く足音が…………
……ん? この、階段を上って来る気配は、もしかして。
おわり
*『主は冷たい土の中に(Massa's in De Cold Ground)』S.C.Foster、武井君子訳
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