淡い水色

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淡い水色。 いや水色自体が淡いだろ。何いってんだこの人は。 「うん、うん。君には淡い水色が視えるよ」 「…それっていいことなんですか」 俺の手をとった巫女さんは静かに微笑んだ。 が、そのほほえみとは真逆のテンションで声を発する。 「わかんない」 わかんねぇのかよっ、とツッコミたくなるところ言葉を飲む。 巫女さんは俺の手を離した。 「…ねぇ、君…」 少し茶色がかった目がこちらを見つめた。 「なんすか…?」 俺は一歩後ろに下がる。 「海の神様だよね?」 え? 心の中を?が駆け巡る。 なんで?なんで、この巫女さんは… 「なんで、わかった?」 巫女さんはいたずらっぽく微笑んだ。 「さぁて、なんででしょ」 なんでだ。まさかこの巫女さんにはほんとうにそういう力が宿って…? 「なんで」 「君は淡い水色だから」 巫女さんは俺を指差す。 「え?」 俺は体を見つめた。 やっべ。 俺の腕は久しぶりに人間の姿になったせいか、海の色を透かしていた。 というか、これはほんとうに「海」そのものである。 海がそのまま腕の形になっただけの。 俺は腕に力を入れゆっくりと深呼吸をした。 だんだんと人間らしい肌の色が戻ってくる。 「…今のナシな?」 巫女さんはクスクスと笑った。 「いいよ、秘密にしてあげる」 その横顔が何故か艶っぽくて。 な…なんだこれ。 海が、とても大きく波打っている。 なんだ…この気持ちは。 俺はただ、神社におまもりを買いにきただけなのに。 なぜ、こんなに気持ちが揺れる。 よくわからないままおまもりを買った。 巫女さんは真剣な顔をしてそれを包む。 夕日が反射して、一段と美人に見える。 彼女は包み終わると、笑顔でこちらを見た。 「っ…」 「どーぞ!ドジな海の神様」 その完璧な笑顔を崩さないまま俺の手に包を渡す。 俺はそれを抱えた。 巫女さんは受け取ったことを確認すると、授与所の奥へ戻ってしまった。 「またね!神様」 と言い残して。 完璧に落ちたね。 なにに、とは言わない。 海の神様が落ちていいものかはわからない。 だって 「…年老いてるし」 なにせ、地球ができたときからこの世界に存在してるのである。 「まぁいいや、諦めろ俺」 俺はお守りを更に強く抱える。 そして人型のまま神社の崖から飛び降りた。 周りに人がいたら叫びたく鳴るような光景なんだろうが、俺は海そのものであるから。 崖の下は海。 海に飛び込んで同化する。 お守りをより強く抱えて俺の中に入れ込む。こうでもしないと濡れてしまう。 そしてそのまま、意識を水平線へ向ける。 じわり、と体が溶けていく感じがあった。 海に溶け込む夕日とともに俺も海になっていく。 忘れろ。忘れるんだ。 俺は海の神様。 一生ここに溶けて生きていかなければならないのだ。 …考えるな、落ちたところでどうにもできない。 ゆっくりと足を動かす。 すると小さなさざなみが生まれた。 よし、完璧に海に戻ることができた。 これが俺なのだから。 何も考えるな。 人型になっていいのは1年に一回だけなのだから。 諦めろ。 意識が優しく遠のいていく。 海に意識なんていらない。 「バイバイ、名も知らぬ巫女さん」 海の中に時々お守りが浮かんでいるといううわさがある。 海洋ごみになるから、と拾った人がいたがそのお守りは中身も外も濡れておらず、優しく水に包まれていたという。 完
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