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1.依頼人
二〇二四年、昨今の治安の粗悪さから、探偵業法が大幅に改正され、私立探偵に刑事事件の捜査権が与えられるようになった。これに伴い、探偵は警察権が発揮され、拳銃の所持、被疑者の逮捕及び取調と送検ができるようになった。
同法の改正と共に、私立探偵は資格制になり、専門の探偵学校で十ヶ月間の研修を受けて卒業をするか、警察や検察などの捜査の経験を有していないと、探偵業免許が発行されず、探偵になることができなくなっていた。
新たに施行された探偵業法は、民事事件の調査も従来通りに行うことができ、更にその過程で個人情報保護法で保護された個人情報も、弁護士を介さずに開示請求をすることも可能になっている。
埼玉県の越谷市に私立探偵事務所を構える坂上 聡美は、元埼玉県警察の刑事であるため、探偵学校の履修が免除されていた。
「はあ」
デスクの前の椅子に腰掛けていた聡美はため息をついた。
「どうしたんですか? ため息なんかついちゃって」
そう言ったのは、探偵助手として雇われている女性、川端 恭子だ。
恭子はPara detectiveという資格の必要がない、いわゆる事務員だ。
「暇だなあって思って」
「何言ってるんですか。平和なのはいいことじゃないですか」
「けど収入がないじゃん?」
「民間ですからね。お金をもらっての捜査ですもんね」
事務所の扉が開き、女性が入ってくる。
「ご依頼ですか?」
と、恭子が訊ねる。
「息子が、息子の行方がわからないんです!」
「はい?」
聡美が咳払いをしてから口を開く。
「落ち着いてください。話を聞きます」
女性は一枚の紙を取り出す。
「これが今朝、玄関のポストに入っていて」
紙には新聞の切り抜き文字が貼られており、「お前の息子を預かった。返してほしくば、五億円を現金で用意しろ。警察には通報するな。さもなくば、息子の命はない」と、表現されていた。
「息子さんとは?」
「拓海です」
金田 拓海。この女性の小学一年生の息子だ。
「奥さん、あなたのお名前は?」
「恵子です」
金田 恵子。金田カンパニーの社長を務める金田 総一の愛妻である。
「恵子さん、旦那さんに恨みを持つものとか、何か心当たりはありますか?」
「いいえ、皆目見当もつきません」
「旦那さんはこの件については?」
「主人はとにかく無事に見つけ出してほしい、と」
「警察には通報はされましたか?」
「いいえ。警察に通報なんかしたら、息子は殺されてしまうわ」
「わかりました。今は息子さんの命が最優先です。手がかりとなるものはなんでも集めましょう」
「ありがとうございます」
「そうと決まれば、早速、金田カンパニーへ伺って情報を集めたいのですが」
「それでは主人に連絡しておきます。お金は後で請求してください」
聡美は恭子を見る。
「川端さん、捜査に行ってくるから、留守をお願いね」
「わかりました」
聡美は支度をすると、恵子と共に事務所を出た。
「恵子さん、あなたはご自宅で待機していてください。もしかすると、脅迫状はただのイタズラで、息子さんが帰ってくるかもしれません」
「いえ、私も捜査に付き合います」
「無資格者を捜査に混ぜるのはちょっと……」
恵子は名刺を取り出した。
「埼玉県警察本部捜査一課警部補!?」
「なにか問題でも?」
「問題も問題、大問題!」
「どこが?」
「むしろあなたの方に恨みを持ってる人がいそうで」
「あー、逮捕した被疑者なら恨みを持ってるかもしれませんね」
「でー、あの、金田警部補? 事件の被害者が捜査に混ざるのは……」
「ダメ?」
「うーん……、警察に話さなくて、ある意味正解だったかも」
「それじゃ、行きましょうか」
恵子は路上に停めてある車に乗り込もうとする。
「乗ってください」
「やれやれ……」
聡美は恵子の車の助手席に乗り込んだ。
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