山人呼んで覚と名づく

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山人呼んで覚と名づく

美臼岳は風光明媚な観光として人気の山。 山頂部は見晴らしがよく、美臼岳に連なる山々の雄大な景色が魅力だ。 現場に行く途中。車内から見える美臼岳を見る。美臼岳は秋の豊かな装いから、まるで化粧が剥がれて行くようにポツポツと山肌の色が剥げ始めていた。 「景色が魅力で。他には『登山道が整備され、初心者や子供連れでも比較的容易に登ることが出来る山で、地元学校の登山でも人気です』んで。『登山口には峠の茶屋も充実しており。ハイカーにも人気。特に美臼岳のマスコットキャラ、サトリちゃんの『厄除け』レース守りは若い女性にSNSで話題を呼びました』ってか」 パンフレットの内容を諳んじると、隣で運転していた天野がくすりと笑った。 「私もそのレース守りを買ったクチですが。それ、可愛いんですよ。四季でカラーが変わって」 窓の風景からちらりと横を見ると。 黒いズボンスタイルの女性教師めいた雰囲気を持っている天野が、しっかりと教習所のお手本みたいな姿で覆面パトカーのハンドルを握っていた。 「でもサトリちゃんって妖怪だろ。人の心が読めるやつ。美臼岳に棲むとされる妖怪まで商売に使うなんてアコギだねぇ。それにお守りがレースなんて、スケスケパンツみたいじゃねぇか」 「サトリって妖怪なんですか? へぇ、知らなかった。あとで調べておきます。あと、スケスケってそれ、セクハラですから」 「おっと。失礼しました」と、俺の軽口にまたくすりと笑う天野。 その反応を見てから、口も温まり本題に入った。 「現場に行く前に俺が捕まるとか笑えないから、話題を変えよう。そんな訳で天野。遺体の横に倒れていた女性は美臼北浜病院に運ばれている。現場を見たら、お前は直ぐにその病院に迎え。女性の意識が戻るまで待機。意識が戻ったら誰よりも早く面会しろ。女であるお前が適任だ」 「そんな重要人物、私がトップで面会できますかね」 「犯罪被害者心理のケアについて、卒論を書いたお前さんなら大丈夫だろ。知識を振りかざして、手柄を狙ってくる他の奴らを言いくるめたらいい。待機して居る間、被害者家族がいたら味方に付けろ。病院関係者には嫌われないように立ちまわれ。以上だ」 「やることが多すぎませんか」 「俺は出来ない奴には言わない」 きっぱりと告げたタイミングで車が赤信号で止まり。びゅうっと窓の外で風が吹き抜けたあと。天野が口を開いた。 「だったら、私。このまま病院に行くほうがよくないですか?」 「ダメだ。現場で必ず遺体をみろ。現場の空気を吸え。誰が被害者でどんな顔をしていたか、見るべきだ」 「分かりました。にしても、死体の上に紅葉。回りには石が積まれているって、何か儀式めいてますね。どう言った理由でそんなことを」  「さぁな。それを今からから調べる。でも、宇宙人や山に棲むサトリちゃんがやった訳じゃない。人間がやったんだ。絶対に犯人を付き止めるぞ」 「はい。周防さん」 車内にきゅっと、ハンドルを強く握る音がした。 よし。それでいい。 こうやって新人に発破をかけるのも俺の仕事だと思いながら、現場到着まであと少し。 俺も気持ちを整えようと思ったのだった。
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