1【魔法師クントラ】

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1【魔法師クントラ】

 その昔、人々は強大な力を持った存在『魔王』と争った。それは数多の種族を巻き込み、百年に及び繰り広げられたという。時を重ねるごとに苛烈を極めていったその間に、滅亡した国家や種族は決して少なくなかったそうだ。  最後は、勇者により魔王が葬られたことで人間側が勝利をおさめたわけだが、人を脅かすものはそれだけにとどまらなかった。しばらくすると、突如ダンジョンが出現したのである。次々と恐ろしい魔物を生み出し、人々を恐怖へと陥れたダンジョンは、死してなおも人々を恨んだ魔王の仕業か、はたまたただの偶然か。  しかしダンジョンが齎したのは苦しみや恐怖だけ、というわけではなかった。ダンジョンの中で、あるものが発見されたのである。  朱殷(しゅあん)を帯びる鉱物らしきもの――『魔石』であった。それは、のちに普及する魔道具の材料として大いに利用されたのである。  魔法を扱えない者でも手軽に魔法を行使できる魔道具の発展は、まさに文明開花の嚆矢(こうし)。明かりを灯すもの、水を動かすもの、はたまた岩を砕く力をもたらすものまで。実に、多種多様に生み出されていった。しかしその中で、影に追いやられてしまったものもあった。  かつて隆盛を誇った『魔法』である。  終戦から、五十年近く経過しようという現在(いま)。もはや人々にとって、魔法は時代遅れの産物……そんな印象が拭えなかった。魔法を専門的に扱う存在、魔法師もまたしかり。それでも、魔法に誇りを持つ者や、それに憧れる者というのは消えることはなかった。  さて、ここにもそんな存在がいるようである――  栄華を極めるグリーシア大王国の王都カステラより遥か西方辺境にある村の名はコフィア。酪農、栽培農業のほか皮革生産などを営む、ごくありふれた田舎村だ。  日々、決まったことをこなしてゆく牧歌的な暮らしは、王都などの中心地に比べればひどく退屈に見えるかもしれない。しかし、それでも毎日の中に変化はあり、やるべきことに勤しむ彼らにとっては、退屈という言葉は似つかわしいものではない。  そこの村(おさ)を父にもつザカリが『魔法』という存在を知ったのは、幼い頃に読み聞かせられた叙事詩がきっかけだった。  それは、かつて魔王を倒そうと旅だった勇者一行のはなし。物語を通して彼らの武勲を讃えると共に、純潔と人徳、謙虚さや勤勉さ、そして忍耐力や節制などの大切さを。人として生きる上で、大事なものが何かを教えるものであった。まさに子女に対する道徳教育に最適な教材、といったところ。
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