裁き山の主

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 早朝から長閑な村に響き渡る、子供たちの笑い声。  川縁で洗濯しながらお喋りを続ける女達。  一家の大黒柱のを待ちながら、私は朝げの支度に取り掛かっている。 「もう、壱兄(イチにい)ったら……仕事に遅れるよ。もしかしたら酔っ払って川に落ちているのかも」  私がひょいと窓の外を覗く。 「そうしたら、おっ(かあ)が拾い上げてくれるでしょ」と呑気な弟、ミト。 「おぅ、フミ。壱は……帰っているかい」と、右腕を肩から吊るした男がお勝手口から顔を出す。  壱兄の親友であり大工仲間であり、私の将来の夫ユキだ。 「おはようございます。昨日の会合からまだ帰っていないの。ユキさんは会合に行ったの?」  秋の終わりに開催される祭りの準備にと、この時期は3日に1回ほど村の男達がお寺の境内に集まっているが、いつもしこたま酒を飲まされて帰ってくる壱兄。 「いや。俺はこんな腕だし、雨が降り出したから壱が来る前に帰ったんだ」  ユキさんは半月ほど前に仕事中にハシゴから転落し、利き腕である右腕を骨折。  なので重い工具が入った荷物を持つために、壱兄が毎朝ユキさんを迎えに行っていた。  その壱兄が迎えに来ないので訪ねてきたのかと思ったのだが、そういえばまだ朝げも済んでいない時間だ。 「ユキさん、もう仕事に行くの?今日は早いのね」 「あ、いや……」 「てぇへんだ!三原の親父が殺されたってよ!」  家の前の、ぬかるんだ小道を走りながら叫ぶ村人の声がした。
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