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昼間、おっ母は持ってきた私たちの衣服の繕いを始めた。
私とミトは小屋の隅にあった水瓶を外まで転がし、内側をタワシで磨く。
その際、何度も湧き水を汲みに出かけたが、毎度同じ場所から獣がこちらの様子をじっと見つめていた。
あと少し先まで行けば、あの赤い実に手が届くのに…。
満たされない腹を拳でグッと押し、水で満たされた重い桶を抱え小道を急ぐ。
水瓶が半分ほど満たされた頃、日も暮れ始めたので溜めた水で汗を流す。
おっ母は夕食の支度に取り掛かる。
裁き山には時を告げる寺の鐘の音は聞こえないし、腹の虫は当てにならないので、日の高さで行動しなくてはならない。天気の悪い時が心配だ。
洗濯と水汲みが私とミトの仕事になった。
そんな生活が6日も続くと、私もミトも仕事が終わると寝て過ごすようになった。お腹が空いて動きたくないのだ。
何度もあの実を採ってこようかと悩むが、日が経つにつれてこちらを見つめる獣の位置がこちらに近付いて来ていることに気が付いた。今朝は既に赤い実よりもこちら側に獣がいた。湧き水の距離まで僅かとなっていた。
「おっ母、『白月花』の蕾を貸して。何か食べられそうなものを採ってくる。蕾を砕いたものを持っていれば、獣に襲われないのでしょう?明日には囲炉裏にくべてしまうのだし」
古い衣類を割いて布ワラジをいくつも作っていたおっ母が手を止め、ため息をつく。
「ダメよ、言ったでしょう。裁き山の主様の物を勝手にいただくわけにはいかないと。それに、万が一『白月花』の蕾をどこかに落としてしまったら?明日には囲炉裏にくべないと、全員が獣に襲われてしまうのよ。壱の名誉のためにも、確実に生きて帰らなくては行けないの」
おっ母は壱兄の事を信じていないのだろうか。
いや、きっとおっ母は…… 壱兄がもう帰ってこないと思っているのかもしれない。
「わかった。大人しくしている。そのかわり、おっ母もちゃんとご飯を食べて。ほとんど食べていないの、知っているよ。このままだと、満月の日まで生き延びられて下山するにも、おっ母が歩けないことになる」
おっ母は困った顔で笑い「わかったわ。皆で下山しようね」と私の頭を撫でた。
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