桜が咲く日

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まだ小学生の頃の日向との秘密の通路。その小さな扉に鍵を差し込めば、カチャリと音がした。 木の軋む音とともに、そこを開ければ広い庭に出るのだ。花が好きだった春子さんが大切にしていた薔薇園。しかしそこには薔薇はなかった。 枯れて花がついていない棘だけが確認できる花壇に近づき、人気のないその家にやっぱり勘違いだったと寂しくなる。 「彩華?」 もうずっと聞くことはないと思っていた声が私を呼んだ。それがすぐに誰の物かとわかった自分に驚いた。 「日向……」 ほとんど無意識に漏れたその言葉に、ドクンと胸が音を立てる。誰かがいるかも、そう思ってここにきた。 空き巣かもしれない、と訳の分からない正義感をかざしつつ、心の中でもしかしたら日向がと思ったことは否定しない。 しかし、ほとんど百パーセントと言っていいほど、日向がいるなんて奇跡……。 奇跡? そこまで思って私は自分が日向と会いたかったことに気づいた。 自ら距離を取り、何も言わずに引っ越していったことを恨んだのに、私は心の中で彼を求めていたとでも言うのだろうか。 自分の思考に唖然として、雲がかかり、仄かな月明かりの下立ちすくむ。
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