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「町田はもっと体力つけろ」
歩き疲れてフラフラしている私を見かねたのか、都川先輩は腕を引っ張ってくれた。
「んー。実は先月からキックボクシングを習い始めたんです。楽しくてあっという間に時間が過ぎるから、結構体力ついたと思ったんですけどね」
「キックボクシングか。護身用に良さそうだな」
「はい。何よりいいのは誰かにムカつくこと言われても、私はこいつをボコボコにしてやることが出来るんだと思うと笑顔でいられることですね」
ニコッと笑った私に、先輩が「誰かって……俺?」とひきつった顔を見せた。
「もう! よくわかってるじゃないですか!」
私が先輩の二の腕をバシッと叩いたところで、泉巳くんが「ずいぶんゆっくりでしたね」と近づいてきた。
「ああ、うん。森さんに」
蛇様から逃げる方法を聞いてたと続けようとしたのに、先輩の「白い泉、ちゃんと撮れたか?」という声に遮られてしまった。
「はい。バッチリです」
「じゃあ、あとは宮前村役場に寄って挨拶して帰るか」
「はい!」
「町田は帰るとなると元気になるなぁ」
ポカッと頭を小突かれた私に、泉巳くんは「そらちゃんは車で寝ていけばいいよ」と優しく言ってくれた。
ほらね。先輩と泉巳くんはまるで北風と太陽だ。先輩ももうちょっと優しくしてくれたらいいのに。
そんなことを考えながら役場を出ると、またもや先輩に無理やり後部座席に拉致られてしまった。
でも、私のシートを倒してダウンコートを掛けてポンポンしてくれた先輩は、口は悪いけど根は優しいんだと思う。口は悪いけど!
「あそこのガソスタで給油しますね」
「OK。高速乗ったら1つ目のサービスエリアでトイレ休憩を取ろう。そこで運転交代するから、それまで頼むな」
「はい」
2人の声がだんだん遠くなって、私はあっという間に眠りに落ちていった。
「町田、起きろ。よだれ垂らしてんじゃねえよ。起きろって!」
先輩に揺り起こされて、「あ、着いたんですか?」と身体を起こしたけど、どうも様子がおかしい。
外は真っ暗で、とても東京に着いたとは思えない。まだ山道のようだ。
「インターの遥か手前だよ。車が故障した」
「故障⁉ ロードサービス呼びました?」
「電話したが、山奥だから駆けつけるまで時間がかかるとさ」
そりゃそうか。なんだか夜の山は怖くて、ブルッと身体が震えた。寝起きで寒いせいもあるかもしれないけど。
「血ノ泉村のホテルが結構近いです。歩いて行けそうですよ」
ボンネットを開けて調べていた泉巳くんが運転席に戻ると、スマホの地図を私たちに見せてきた。
「ホントだ、近いね」
「暗い山道を歩くのは危険だろう。このままここで救援を待った方がいい」
「そうなんですけど……実は僕、さっきから腹が痛くて……」
「あ、私もトイレ行きたいです」
私の一言が決め手となって、私たちはホテルに向かって歩き出したのだった。
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