ホテルの夜

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 バックミラーを見ても、一台も追ってはこない。暗い山道が続いているだけだ。  泉巳くんもその手下たちも諦めたのだろうか。  でも、どこかに近道があって待ち伏せされているかもしれないから油断はできない。  先輩が「運転代わるぞ?」と言ってくれたけど、先輩はさっき泉巳くんのパンチをお腹に食らっていたから私が運転を続けることにした。 「実は国見プロデューサーが村野に暗示をかけられてるとき、たまたま部屋の前を通りかかって村野の目が赤く光ってるのを見ちまったんだ。そのときは見間違いだと思ったし、森さんに暗示の話を聞くまでは確信が持てなかったけどな」 「それでもお札を買って、私を助けに来てくれたってことですよね? なんで?」  私が尋ねると、先輩は急にキョロキョロと視線を彷徨わせた。 「なんでって、そりゃあ……。俺たちが出会ったのって、もう6年も前だろ? 俺はその頃からずっと」 「あー、長い付き合いだから助けに来てくれたんですね。ありがとうございます! でも、私が訊きたかったのはそういうことじゃなく、目が赤かった以外にも泉巳くんを疑う理由があったのかってことです」  先輩がガックリと項垂れたのは私が話を遮ったせいだと思うけど、疑問に思ったことは早く答えが知りたいものだ。 「単純な理由さ。巳泉(みみ)村という名前が、村野の下の名前をひっくり返した字だってことに引っかかりを覚えたから。決め手になったのは、村野の企画書に名無しさんの投稿にはなかったことが書かれていたから」 「え? なかったことって何ですか?」 「10月に嫁取りするってこと。たぶん投稿したときは、そこまで書かなくてもいいと思ったんだろうな。だが、今月中にロケハンで町田を泉の近くまで行かせるためには、10月という期限が必要だと後から気が付いたんだろう」 「泉巳くんはこれからどうするつもりですかね? きっと局にはもう出てこないですよね。私たちに手口を知られたからには、私を嫁取りするのは諦めて他の人を狙うのかな」 「追ってこないところを見ると、そうかもしれないな」 「ターゲットが別の人になってラッキーとは思えませんよ。蛇の嫁取りなんてやめさせないと!」  でも、どうやって? 「【都市伝説ハンター】の番外編は予定通り放送する。全国に巳泉村の蛇の嫁取りが知れ渡れば、村野も身動きが取れなくなるだろう」 「でも、カメラは泉巳くんが持ってるんですよ? ロケハンやり直してたら、10月の放送に間に合いません」 「大丈夫。町田たちがトイレに駆け込んでる間に、撮った映像データは全部俺個人のクラウドに保存しておいたから」  さすが先輩。抜かりない。  あれ? でも……。
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