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むかしむかし巳泉村に一匹の白い大蛇が現れ、畑を荒らし家畜を食べては暴れた。
村の人たちはほとほと困っていたが、大蛇を殺そうとしても返り討ちにあって殺されてしまう始末。
そんなある日、大蛇は1人の村娘を見初め自分の嫁になるように言う。
しかし、彼女は恐怖で震えながらも断る。自分は盲目の母の面倒を見ないといけないので、嫁入りは出来ませんと。
すると大蛇は自分の牙から毒の雫を垂らし、それを彼女に無理矢理飲ませた。
その途端、彼女は自ら進んで大蛇と交わり、子を成す。
大蛇は大いに喜んで村の繁栄と保護を村人たちに約束し、暴れるのをやめた。
村人たちは大蛇を祀る祠を作り、豊作に感謝して捧げものをするようになった。
というのが蛇の嫁取りの始まりらしい。
嫁入りした娘からは男の子が生まれ、その子が大きくなると、また若い女性を1人選んで自分の牙から毒を垂らして飲ませ妻としたという。
「へえ! 案外一途なんですね、蛇様は。一生に1人の女性としか交わらないで、その女性と仲良く暮らしたんですね」
私が感心して言うと、また森さんが「違う違う」と首を振った。
「男の子を産み落とすと、嫁は蛇様に食われたんじゃ」
「あー、やっぱり最後は食べられちゃったんですか」
昔話の結末はめでたしめでたしか、残酷な終わり方のどっちかだ。
「ちょっと待ってください。母親が父親に殺されたのなら、その子は大蛇に育てられたんですか?」
都川先輩が尋ねると、森さんは「蛇が人間の子を育てられるわけがなかろう」と肩を竦めた。
「巳泉村の村人たちが育てたんじゃよ。女子の母親にしてみれば、半分蛇の血が混じっていても孫は孫じゃ」
「でも、世代が変わるごとにどんどん人間っぽくなっていったんでしょう? もう暴れる大蛇が相手じゃないなら、村の娘を生贄に差し出す必要なんかなかったと思うんですけど」
私が首を傾げると、先輩も「だよな」と頷いた。
「信仰心じゃな。巳泉村の村人たちは蛇様のおかげで平穏無事に暮らせていると信じ込んでいたんじゃよ。初めの妻は大蛇に食い殺されたが、次の世代からの妻たちは普通に息子を育て上げたそうだしのう」
「だったら牙の毒を使ったのは大蛇だけで、子孫たちは普通に求婚したのかも?」
「それがそうでもないんじゃ。蛇の子孫たちは犬歯から催淫剤のような毒を出し、瞳を赤くして人に暗示をかけることも出来るらしい。わしが匿った女子は奇跡的に逃げ出せたが、他の女子たちは嫌がっても無理やり蛇様に嫁にさせられたようじゃ」
そりゃそうか。どんなに神と崇め奉っていても、自分が実際に蛇の子孫と交わって子どもを作らなきゃならないとなったら私だって逃げ出す。
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