蛇の嫁取り

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「蛇様の嫁取りはだいたい24~5年に一度、10月に行われるらしい。先の大戦でちょっとずれたりもしたが、今年か来年かそれぐらいじゃ」 「えっ? 今でも蛇の子孫がいると信じられているんですか?」  私が驚いて尋ねると、森さんは「どうだかね」とため息をついた。 「2年前の土砂崩れで巳泉村に人が住めなくなっても、『どうして守ってくれなかったんだ』と蛇様を責める村人は1人もおらなんだはずじゃ。むしろ自分たちの信仰心が足りなかったせいだと自戒して、祠を新しく作る話が出ておるそうじゃよ」 「なるほど。信仰が村人たちの気持ちを1つにして、復興へと前向きにさせているんですね」  『家制度』や『同調圧力』よりも、こっちをテーマにした方が感動的なシナリオになりそうだ。 「少し気になっていたんですが、巳泉村という村の名前に『泉』の文字が入っているのは、あの白い泉が蛇様と何か関係があるからなんでしょうか?」   都川先輩の質問に森さんは大きく頷いた。 「そうじゃよ。大蛇が亡くなったとき、村人たちは亡骸を泉に沈めたんじゃ。泉が白いのはそのせいだと言われている。あの泉の水を飲むと精がつくと信じられておって、子孫の蛇様たちは嫁取りの前に必ず泉の水を飲むそうなんじゃよ」  うげっ。そんないわれのある泉の水を飲むなんて、疲労回復効果があったとしても絶対に嫌だ。  大体、温泉の色が白く濁って見えるのは細かい硫黄化合物の粒子が水中を浮遊しているからで、酸性が強く硫化水素の濃度が高い温泉によくあることだ。  私たちが森さんにインタビューしている間、泉巳くんはずっと無言でカメラを回していた。  泉巳くんが今回の企画を立てたんだから、きっと私よりも聞きたいことがあるはずだ。  今日の彼の滑舌は本人が気にしているほど悪くないし。 「カメラ代わろうか? 何か他に質問あるんじゃない?」  私がコソッと尋ねると、泉巳くんは「大丈夫。別に思いつかないから」と首を横に振った。 「じゃあ、インタビューはこれぐらいで。森さん、どうもありがとうございました。本番のロケでもよろしくお願いします」  私たちが玄関でお辞儀をして森さんの家を後にすると、泉巳くんが「僕、先に行ってもう一度泉を撮ってきます!」と言って駆け出した。  さすが自分の企画だけあって、泉巳くんの力の入れようがいつもとは全然違う。  私なんて宮前村からずっと歩いてきたから結構ヘトヘトで、森さんの家で座れたのはいいけど足が痺れてヨタヨタしているのに。  私は感心しながら泉巳くんの後ろ姿を見ていたのに、都川先輩は何を思ったのかクルッと踵を返した。
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