蛇の嫁取り

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「森さん、すみません。1つ聞き忘れました。森さんが納屋に匿った女性ですが、彼女はどうやって蛇の嫁取りから(のが)れたんですか?」  おお、さすが先輩。それは確かに聞いておかなければいけないことだった。 「その女子(おなご)はたいそう器量良しで、村の誰もが次の嫁御に選ばれるのはその子だろうと言ってたほどだったそうじゃ。でも、女子には好いた男がおって、絶対に蛇様の嫁にはなりとうない。そこで女子は考えたんじゃ。蛇が動きを止める一瞬の隙を突いて逃げ出そうと」 「え、その女性、結構な自信家ですね。自分が村一番の美女だから蛇様も嫁に欲しがるはずって思ってたんですね? でも、どうやって蛇の動きを止められるんだろう」  私は腕を組んで考えたけど何にも思いつかない。 「昔から三すくみと言うが、あれは現実とはちと違って蛇はナメクジなど恐れないんじゃ。その代わり、蛙と睨み合うことはある」 「へえ! そうなんですか!」 「蛇は蛙を食べようとし、蛙は逃げようとするんじゃが、先に動いた方が負けなんじゃよ。蛇が先に動くと蛙は着地点を予想して逆に逃げることが出来るんじゃ」 「ほえー、そんな戦略的駆け引きが蛇と蛙の間で行われるんですね」 「それで女子は蛙を祀っている神社のお札を突きつけたら、蛇様も一瞬怯むんじゃないかと考えたんじゃ。そして、その作戦は見事に成功したというわけじゃ」 「凄い! その女性は顔がいいだけじゃなく、頭も良くて行動力もあったんですね。森さんが匿った後、その女性はどうなったんですか?」 「一旦別の村に逃れてから、戦後のどさくさに紛れて上京したらしい。好いた男と一緒にな」 「ハッピーエンドですね」  もう一度森さんにお礼を言ってから歩き出したものの、何だか釈然としない。 「森さんの今の話は古い言い伝えなんかじゃなく、75年前に実際に起きた出来事ですよね?」  大蛇の嫁取りの言い伝えと、その後の子孫の嫁取りの話は別物と捉えた方がいいのかもしれない。  もしかしたら巳泉村の有力者の息子が村の娘を凌辱し、権力をかさに着て嫁取りと言い換えて正当化していただけなのかも。ふとそんな気がした。 「都市伝説とは、本当にあったとして語られる”実際には起きていない話”だと言われてますよね。昔なら子ども同士で『友達の友達が口裂け女を見たんだって!』と広めたりして。でも、森さんの話は」 「そうだな。村八分にされたぐらいだから、巳泉村の女性は実在したんだろうし、森さんは真実を語っている。森さんの話はあくまでも逃げてきた女性から聞いた話ではあるが、全部作り話だとしたらその女性は小説家になれるな」  これを番組で取り上げていいものか迷う。私の足取りはだんだん重くなっていった。
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