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「え、なんか図星だったみたい……ですね」
あははと頭を搔きながら先輩を見ると、酷く険しい顔をしている。
泉巳くんはと言えば、周りのお客さんたちと同様にギョッとした顔で固まっていた。
「町田。そういうことは思いついてもこの場で言うんじゃなくて、部屋に入ってから言えよ」
先輩がやれやれといった調子で私を窘めると、止まっていた時間が動き出したみたいにレストランの人たちが一斉に私から視線をそらした。
小さな話し声。食器が触れ合う音。椅子を引く音。すべてが元に戻った。
だけど、それが何だかわざとらしく感じるのは気のせいだろうか。
「きっとこの近くに教団の施設とかがあるんだね」
私が泉巳くんの耳元で囁くと、「あー、そうかもね」と抑揚のない声が返ってきた。
いけない、いけない。もうこれ以上、この話題を続けちゃダメだ。
日本の会食の席でタブーとされているのは、政治とプロ野球と宗教の話題。昔、そんな話を聞いたことがある。
先輩がスマホを弄り出したのはこの近辺に宗教施設があるか調べるためではなく、ニュースサイトのチェックだろう。
「美味しそう!」
テーブルの上に置かれたメニューを見て明るく言ってみたけど、気まずい雰囲気が漂ったままだ。
そのとき、私のバッグからブブッというバイブ音が聞こえた。
天の助けのように感じながらスマホを確認すると、メッセージを送ってきた相手はなぜか正面に座る都川先輩だった。
――食べ終えたら村野や周りの客たちに気づかれないように逃げ出すぞ
「は?」と画面に向かって言ってしまったけど、先輩の顔を見るのはグッとこらえた。
――なんで?
――俺たち以外全員グルだ
なにそれ。
もしかして、ここって怪しげな新興宗教の巣窟?
俺たちって、先輩と私だけ? 泉巳くんは?
何が何だかわからないけど、先輩は冗談でこんなメッセージを送ってくる人じゃない。
「もう! 兄が訳のわからないメッセージ送ってきて、すみません。何、頼みます?」
平静を装って先輩にメニューを回した。
「俺はこの天ぷら御膳にするかな。村野は?」
「じゃあ僕もそれで。そらちゃんは?」
「私は特上うな重」
「ほー。俺の奢りじゃないぞ?」
「えー? 先輩、稼ぎいいんだからケチ臭いこと言わないで奢ってくださいよ~」
「天ぷら御膳なら奢ってやる」
「ひつまぶしは?」
「天ぷら御膳」
「……じゃあ、私もそれで」
いつもの調子で先輩とポンポン言い合いながら周りの様子を窺うと、何となく客もスタッフも私たちの会話に耳をそばだてている気がした。
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