ホテルの夜

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 こんな辺鄙なところにあるホテルなのに、天ぷら御膳は予想外の美味しさだった。  さっきのあの妙な雰囲気と先輩からのメッセージがなかったら、私は大満足で食事を終えていたことだろう。 「ロードサービスは明日の10時頃来てくれるそうだから、ここを9時過ぎに出れば間に合うだろう。朝食は7時集合でいいな」  先輩の言葉に「はい」と頷いた。 「結構疲れましたね。お腹が膨れたら眠くなってきました。大浴場に行くの、面倒だなぁ」 「俺も部屋の風呂でいいわ」 「ですね。シャワーだけで」  そんな会話をしつつレストランを出ようとする私たちを、やっぱりみんながそれとなく見ている気がする。  エレベーターを待つ間、何となく泉巳くんがソワソワして落ち着かない。 「ここの露天風呂、評判いいですよ?」  泉巳くんが先輩に口コミサイトを見せて強く勧めるから、1人で行くのが嫌で誘っているのかと思ったら「僕は口内炎が痛いんで止めときますけど」などと言う。  やっぱり泉巳くんも怪しい。  入社以来仲良くしていたけど、お互いの信仰する宗教の話なんてしたこともないから、彼が変な新興宗教に嵌っていたとは思いもよらなかった。  先輩と私を引き離して、1人ずつ勧誘しようとしているのだろうか。  一体、何教だか知らないけど、やり方が汚すぎる。  街中のカフェで勧誘されたのなら逃げることも可能だけど、こんな人里離れたホテルのロビーや部屋で数人に取り囲まれて眠ることも許されなかったら、案外人は簡単に洗脳されてしまうのかもしれない。  エレベーターが4階に着いたので、私は内心ホッとしながら「じゃあ、また明日ね」と泉巳くんに手を振った。 「7時にレストランの前に集合な」  先輩も念を押すように声を掛けたけど、泉巳くんは「おやすみなさい」と固い表情で会釈しただけだった。  やっぱり変だ。  そう思ったものの、エレベーターには他の宿泊客が乗っていたから、私は先輩に話しかけるのを躊躇った。  先輩は「俺たち以外全員グルだ」とメッセージを送ってきたんだから、この善良そうな中年夫婦も新興宗教の信者なのかもしれない。    エレベーターはすぐに3階に到着して、先輩が開くボタンを押して中年夫婦に先に下りるように促した。  彼らに続いて私も降りようとしたら、先輩に腕を引っ張られた。  私たちが降りないことに気づいた中年夫婦が手を伸ばしてきたけど、寸前で先輩がドアを閉めた。  地下1階のボタンを押していたのを手で隠していた先輩は、駐車場に行くつもりらしい。 「このまま逃げるぞ。客もスタッフもみんな敵だと思え」 「敵? 宗教の勧誘じゃないんですか?」 「アホか。あいつらは巳泉(みみ)村の奴らだ。町田が蛇の花嫁候補なんだよ!」 「はあ⁉」  ビックリしすぎて顎が外れるかと思ったわ。  
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