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私のスマホに都川先輩からの着信があったのは、ローカル線沿いのデコボコ道を車で走っているときだった。
「もしもし先輩? どうしました?」
「町田たち、今どの辺? 俺も合流するから駅まで迎えに来てよ」
「はあ? 先輩がロケハンに来るんですか?」
番組制作における「ロケハン」とは「ロケーションハンティング」の略称で、ロケ地を選ぶ作業のことだ。
ロケの候補地に足を運び、撮影環境や移動時間・動線などをカメラに記録しながらチェックするのは私たちアシスタントディレクターの役目なので、いつもだったらチーフディレクターの都川先輩が同行することはない。
あんなに「田舎に行くのは嫌だ」と零していた都川先輩がどうして?
思わず運転席の村野泉巳くんと顔を見合わせた。
「特番の撮影が早く終わったんで、そっちに向かってるところだ。峠坂の駅で待ってるから、よろしく」
「え? 峠坂? ちょっと先輩!」
はっきり聞き取れなくて聞き返したけど、電話は切られた後だった。
「峠坂に来いって?」
ハンドルを握る泉巳くんが、やれやれといった様子で苦笑を浮かべた。
私たちが担当する【都市伝説ハンター】は、深夜帯の放送ながらもうちの局の看板番組になりつつある。
それもひとえに都川先輩の企画力、台本の面白さ、編集のセンスの良さが抜群だからだと思う。
大学のサークルで一緒にドキュメンタリー動画を撮っていた頃からそうだった。
先輩の才能に惚れて、先輩に憧れて。追いかけるように同じテレビ局に入社した。
3年目の私はまだまだ下っ端のADに過ぎないけど、いつかは都川先輩に追いつき追い越してやるぞという野望を胸に秘めている。
「それにしても今回の番外編、よく国見プロデューサーがOKしてくれたよね。泉巳くんの強力なプッシュが功を奏したね」
「うん、まさか僕の企画が通るとは思わなかった。けど、”蛇の嫁取り”なんて今どき面白いと思うんだよ」
「狐の嫁入りは狐同士の結婚でしょ? 人間の娘が大蛇に嫁入りするなんて不思議な話だよね」
それって単に蛇に丸飲みされたかわいそうな女性の話じゃないのかなと思ったのは、泉巳くんには内緒だ。
うちの番組は視聴者に情報提供を呼び掛けていて、今回の蛇の嫁取りの話も【隣の宮前村に住む名無し】さんからの投稿を元に泉巳くんが企画を立てた。
この回が上手くいったら、たぶん泉巳くんはADからディレクターに昇格する。
同期に先を越されるかもしれないという焦りはあるけど、それ以上に泉巳くんを応援する気持ちの方が大きい。
泉巳くんは失言の多い私をいつもフォローしてくれる優しい人だから。
彼のようなタイプを巷ではカシミア男子と呼ぶらしい。
泉巳くんはカシミアのように優しく包み込んでくれて、一緒にいると安心できる穏やかさを持ちながら、しっかりとした目標を持っている。
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