ホテルの夜

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「先ぱーい、どうするんですか?」 「情けない声出すな。一点集中突破だ。町田は得意のキックボクシングで村野の横の中年男を倒せ」  先輩はひそひそ声で私に指示を出したけど、自分はポケットに手を突っ込んだまま悠然としている。 「無茶言わないでください。まだ習い始めたばかりなんだってば」 「何でもいいからあの男を突き飛ばして車まで走れ」 「車ってどの車?」  駐車場には何台も車が停まっているし、キーがなければどうしようもないのに。 「行くぞ!」  先輩が駆け出したから、私もおりゃー!と雄たけびを上げながら中年夫めがけて突進した。  中年夫は呆気なく尻もちをつき、出口の方に停まっていた一台の車からピッと解錠する音が聞こえてハザードランプが点滅した。  見ればフロントの男性を跳び蹴りで倒した先輩の手に、車のキーが握られている。  そのキーをひったくるように受け取った私は、誰のか知らない車に乗り込んでエンジンをかけた。  フロントガラスの向こうで、先輩が泉巳くんと中年夫婦相手にパンチやキックの応酬をしていた。 「先輩、強いじゃん」  思わずヒューと口笛を吹いて、先輩のすぐ横に車を寄せる。  「早く乗って!」と私が叫ぶと、泉巳くんが「行かせるか!」と怒鳴った。  泉巳くんが先輩の襟首を掴んだと思ったら、彼の目が赤く光った。  どうしよう。先輩が暗示にかけられちゃう!  いっそ車で泉巳くんたちを轢いてしまおうと思った瞬間、先輩がポケットから何かを出して泉巳くんに突きつけた。  すると泉巳くんの動きがピタッと止まった。  すかさず先輩が助手席に乗り込んできたので、私は思いっきりアクセルを踏み込んで駐車場から脱出した。  地下からも地上からも他の客やスタッフたちが出てきて走り寄ってきたけど、スピードを上げて何とか振り切った。 「危機一髪だったな。怪我はないか?」 「それより説明してください。この車は誰ので、どうして先輩がキーを持ってたんですか?」 「さっきエレベーターに乗ってるとき、あの中年男からこっそり拝借したんだ」 「すったってこと⁉」 「殺されかけたんだから許されるだろ」  うーん。先輩がキーを盗んだのは殺すと脅される前だったけど、命の危険を感じてたってことで許してもらおう。 「で、泉巳くんの動きが止まったのはどうしてですか? 何か突きつけてたけど」 「峠坂駅の近くにある蛙神社のお札だよ。町田たちと合流する前に念のために買っておいた。3万もしたんだ」 「え? 蛙のお札って……森さんの匿った村一番の美女が逃げるときに使った奴? 先輩は逃げ方を知ってたんですか?」 「いや。だが、その女性と同じことを考えたんだ」 「それで森さんに確認したわけですね。でも、それって……合流前から先輩はこういう事態に陥るって、ある程度予想してたってことですか?」  「まあな」と得意げな先輩の肩を「バカバカ! 死ぬところだったじゃないですか」と叩いた。
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