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「相変わらず町田はリサーチ不足だな。ロケハンに来る前に現地の気温や天気を調べるのは基本中の基本だろうが」
都川先輩のダウンコートからはほんのりと甘い香水の香りがする。
それをクンクンと嗅ぎながら、私は「はい、面目ないです」と項垂れた。
「リサーチの鬼ですもんね、都川Dは」
「都川Dって何だよ。ここに社外の人間がいるならともかく。いつもみたいに『先輩』って呼べよ。何なら『りんさん』でも……」
ゴニョニョと呟いた先輩に、泉巳くんが「りんさん? ああ、都川さんの下の名前、倫でしたっけ?」とバックミラーで問いかけてきた。
「そうそう」と目で頷く。女性に間違えられることもあるって言ってたけど、倫っていう名前も正義感の強い先輩にぴったりの素敵な名前だ。
「いやあ、だってDとかカッコいいじゃないですか!」
「何を今さら。俺がカッコいいのは昔からだろ?」
「先輩がカッコいいんじゃなくて、DとかPとかの略称のことです。あー、私も早く町田Dって呼ばれたい!」
「夢のまた夢だな」
バッサリ切り捨てられて、チェッと心の中で舌打ちした。
確かにそうだけど、夢を見るぐらいいいじゃない。
「【都市伝説ハンター】が始まってから、もう何年になるんでしたっけ?」
俯いた私をフォローするみたいに、泉巳くんが話題を変えた。
「俺が3年目でディレクターに抜擢されて始めた番組だから……丸3年だな」
「うわっ。今の私たちと同じ歳で? 凄すぎる」
「俺は凄いんだよ」
フフンと笑った先輩に「はいはい、そうですね」と棒読みで答えたけど、都川先輩に追いつけ追い越せなんてやっぱり夢のまた夢だ。
「記念すべき第1回目が『流山のばばあ』でしたよね」
老婆が超高速で畑仕事をしているというだけで、人に害を成すわけじゃないから怖くも何ともない。むしろクスクス笑えて面白かった。
農作業の合間に取材に応じてくれた千葉県流山市のおばあさんたちが、みんな愛嬌たっぷりで可愛いくて。でも、パワフルで凄いと感心させられたっけ。
全国各地にこういう『ターボばあちゃん』系の都市伝説があるけど、高速道路で車と並走して驚かせ事故を誘発するばあちゃんもいるから、流山のばばあはかなりマイルドな都市伝説だ。
初回にこれを取り上げたことで、”都市伝説の中には怪談的要素が濃いものもあるが都市伝説=怖い話ではない”という番組のコンセプトを強く打ち出せたと思う。
都市伝説は過去の事件や事故に由来したものも多く、単なる噂話というよりは教訓めいた要素が盛り込まれていたりする。
そういった由来を掘り下げて、面白いんだけど少し考えさせられる内容にしているところが都川先輩らしいっちゃらしい。
俺様で毒舌家だけど、根は真面目なのだ。
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