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役場に着くと、職員の皆さんが勢ぞろいして(といっても3人だけど)お出迎えしてくれた。
ご丁寧に長テーブルの上には宮前村の特産品が並べてある。
「柿に栗に椎茸。どれも美味しそうですね」
「こんな感じにアピールしちゃっていいでしょうか?」
「もちろんです! 柿なますとか、ちょっとしたお料理を作ってもらってもいいですね」
【都市伝説ハンター】ではその土地の良さを出来るだけ紹介したいので、こういうのは大歓迎だ。
マイクを持っている私が進行の主導権を握っているような錯覚に陥って、ついつい職員のみなさんにも話を振っていたら、「そろそろ現地に向かいましょうか」と先輩に促されてしまった。
そうだ、そうだ。事前に詳しい話を聞いておくのはいいことだけど、山村の取材は日が暮れる前に終わらせないといけないんだった。
近藤さんの先導で、巳泉村の入り口へと歩いていく。
こういう田舎だと集落と集落の間が離れているから、川や谷を境にしてあっち側が隣村というのが割とはっきりしている。
近藤さんも小さな橋の架かる川の手前で立ち止まって、「この川の向こうが巳泉村です」と指さした。
今ここに1人置き去りにされたら、一生東京に戻れない自信がある。
そう確信してしまうほど、どこを見ても同じような風景だ。
「紅葉が綺麗ですね」
川岸の木々は赤や黄色に色づいていて、今が見頃といった感じがする。
ということはロケ当日はもうここまで鮮やかじゃないかもしれないし、葉が落ちてしまうかもしれない。
都川先輩もそう思ったようで、泉巳くんに「今のうちにインサート撮っておけ」と指示を出した。
映像の合間に別の映像を挟み込む技法をインサートと言い、こんな風にいい感じに使えそうな場所や物を見つけては撮っておくと、メリハリのついた映像が作れる。
「巳泉村は2年前の台風で広範囲に土砂崩れが起こって、壊滅的な被害を受けました。住民の多くは血ノ泉村に避難しましたが、蛇様を祀った神社の祠が土砂に埋もれてしまったんで、村の再建は難しいと思います」
「神社の祠が? それは知りませんでした」
下調べは十分してきたつもりだったけど、泉巳くんも知らなかったようだ。
信仰の拠り所を失って先祖代々住んできた土地から離れる決心をした村人たちに、「【都市伝説ハンター】でーす! 蛇の嫁取りの話を聞かせてください」などとはとても言えない。あまりに無神経というものだろう。
企画自体を見直すべきかもしれない。
私たち3人が思わず顔を見合わせると、近藤さんが焦ったように「でもほら! 巳泉村の人じゃなくても、うちの村にも伝説に詳しい年寄りがいますから」と早口で言い募った。
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