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「そういえば番組に投稿してくださった人はわかりましたか?」
投稿主に話を聞くのが一番なので前もって近藤さんに尋ねておいたのに、彼の答えは意外なものだった。
「それが……村の衆は誰もそんな投稿はしていないって言うんですよ」
「え? 誰も?」
「はい。年寄りが多いので投稿用のQRコードはおろか、番組ホームページを見ることもできない人がほとんどです」
「おかしいですね。確かに宮前村の名無しさんからの投稿だったんですけど……」
首をひねったけど、本当は巳泉村の人が身元を特定されるのが嫌でわざと”宮前村の”と名乗った可能性もある。
「うちの村はずれに住む森さんが蛇の嫁取りの話に詳しいので、巳泉村を通りながら行ってみましょう」
「あ、はい。お願いします」
宮前村の特産品を番組内で紹介してもらいたいからだとは思うけど、近藤さんがやけに積極的で私は圧倒されながらついていった。
村はずれという言葉が隣の村との境目を指すのなら、この橋も村はずれだ。
でも、近藤さんは川沿いにどんどん東の方に歩いていく。
突然開けた場所に出たと思ったら、「ほら、あそこも土砂崩れがあったところです」と近藤さんが木々がなぎ倒されたままの茶色い山肌を指差した。
「巳泉村の白い温泉も土砂に埋もれたんですか?」
「いえ、奇跡的に無事でした。あそこです」
指さされた方を見ると、ゴツゴツした岩に囲まれた小さな泉があった。
その周辺をひとしきり撮影してから、また歩き出す。
森さんの家は宮前村の集落からだいぶ離れたところにポツンと建っていた。
「昔、逃げてきた巳泉村の女性を匿ったせいで、隣村との関係を悪化させたとして森さんの家は村八分になったと聞いています。だから今も他の住民とは疎遠なんですが、今回の取材の件はちゃんと頼んでおきましたんで」
近藤さんは自慢げに胸を反らすと、家の外から「森さーん、来たよー」と声を掛けた。
「よっこらしょ。待ちくたびれたよ」
そう言いながら近づいてきたのは、背の低いおばあさんだった。あまりに小さくて、彼女が縁側に腰かけていたのが目に入らなかったのだ。
「森美枝子です。90歳です」
しっかりした足取りと張りのある声に驚いた。顔は皺だらけで腰は大きく曲がっているけど、自給自足で一人で暮らしているという。
「都川倫です」
「村野泉巳です」
「町田そらです」
私たちが立て続けに名乗ると、森さんは私の顔をじっと見つめて「死の一歩手前じゃな」と呟いた。
「死の一歩手前⁉」
私が驚いて後退りすると、ビデオカメラから顔を離した泉巳くんが「ドレミファソラシドだよ」と微笑んだ。
「あー! ソラだからシの1こ手前ってことですか」
ホッとして森さんに笑いかけたのに、森さんは真顔で「気を付けなさいよ、お嬢さん」と不吉な雰囲気を漂わせた。
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