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ありがたい事に、平日夜、駅前という事もあり、簡単にタクシーに乗る事ができた。
「志賀、大丈夫?」
「――ああ、悪いな」
どうやら、頭はクリアなようで、会話は成立している。
けれど、私が、車に乗らずに見送る態勢になると、志賀は眉を寄せた。
「小野塚、乗らねぇのかよ」
「私は、大丈夫よ」
「でも、こんな時間だぞ」
「平気だから」
「女が危ねぇだろ。いいから乗れ」
志賀は、そう言って私の腕を取ると、軽々自分の隣に引き込んだ。
バタン、と、閉まる車のドアに、まさか、無理矢理降りるワケにもいかず。
「――えっと、確か、お前、花見町だったよな」
「ち、ちょっと、志賀!」
そして、有無を言わせないよう、さっさと、タクシーの運転手に住所を告げ、続いて聞こえたヤツの住所は、まあまあ逆方向だ。
私は、ため息をついてシートベルトをする。
「……アンタねぇ……遠回りじゃないの」
「関係無ぇ。――お願いします」
すると、運転手にゴーサインを出した志賀は、座席にもたれかかると、大きく息を吐いた。
やはり、結構、アルコールが回っていたようだ。
「……余計な労力使わせるな。素直に甘えておけ」
「――……わ、わかったわよ。……アンタは、大丈夫なの」
「久々にカクテル系だったからな。割と回るの早かったわ」
そう言えば、先日、ヤツはビールだったな。
――阿賀野さんは、日本酒だったけど。
そんな事をボンヤリと思いながら、これ以上会話をすると、志賀の負担になると思い、口を閉じる。
深夜の住宅街を抜け、タクシーの外は、見慣れた景色に変わっていく。
――こんな風に、コイツといるなんて――妙なカンジだ。
元々、接点など、同じ企画課というだけで、業務連絡のような会話しかした事は無かったのに。
入社式に現れた志賀と阿賀野さんは、やはり、当然のように二人で一緒に行動していて――周囲の女性はそれを、爛々とした目で見ていたものだ。
企画課に配属時、私の同期はヤツ等のみ。
それだけでも、平和な社会人生活が脅かされそうで、私は、ひたすらデカい身体を縮こませながら、当たり障りなく、適度な距離を取りつつやり過ごしていたのに。
――まさか――こんな状況になろうとは。
しばらく、お互いに無言のままでいると、タクシーは自宅前に到着した。
私は、自分の分を支払おうとバッグに手を伸ばすと、志賀に止められる。
「ちょっと」
「いいから――後払いだ」
「……本当でしょうね」
「オレは、早く帰りてぇんだ」
その言葉通り、ヤツの目は、半分閉じかけている。
このままでは、タクシーで爆睡しそうだ。
私は、念を押すと、去って行く車を見送る。
そして、アパートの階段を上り、部屋の鍵を開けた。
――カクテルなんて、初めて飲んだな。
身体が、免疫の無いアルコール成分に、フワフワしている。
私は、よろよろとしながら中に入ると、テーブルにぶつかりながら、ゆっくりと横たわった。
会社の飲み会では、いつも、当たり障り無く、ビールを一、二杯。
それで持たせていれば、ひとまず二時間ほどは乗り切れる。
プライベートでは、理香が酒メーカーの営業という事もあり、南と三人で、いろんな店に行ったりもするけれど、大体一杯、試飲程度だ。
徐々に襲って来る眠気に、うつらうつらしてくる。
――ああ、せめて、メイク落としと歯磨きだけでも、やらなきゃ……。
お風呂は明日の朝、シャワーで良い。
そう思いながら――いつの間にか、私は、その場で意識を飛ばしてしまっていた。
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