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しばらくの間、沈黙。
そして、志賀は、大きく息を吐くと、私を真っ直ぐに見る。
その視線の強さにたじろぐと、ヤツは、視線を下げる。
――そもそも、コイツは、目力が強いのだ。
それが、更に不機嫌さを匂わせてくるとなると、こっちが悪い気になってしまうじゃないか。
志賀は、私の思いに構う事無く、手元のグラスを弄びながら、続けた。
「――悪いが、黙ってもらえるっつー信用は無ぇ」
「……別に……」
「ただ、一つだけ言っておく。――アレは、同意の元じゃねぇ」
「え」
私は、驚いて、志賀を見やる。
「……え???」
てっきり、同意の元、秘密の関係とか言うヤツだと思ってたのに。
「……領司は、ノンケだ」
「え?」
耳慣れない言葉にキョトンとすると、志賀は、気まずそうに言い直す。
「領司は、ゲイとかじゃねぇ。――ちゃんと、恋愛対象は女だ」
「じ、じゃあ……」
「ああ――オレだけだ。――オレが、アイツを好きなだけだ」
私は、どう答えていいのかわからず、口を閉じる。
それに気づいた志賀は、苦笑いで、目の前の、少し温くなっただろうビールを口にした。
「――領司とは幼馴染なんだよ」
「え」
「……ウチの親、年中、仕事で家開けっぱなしの人間でな。……元々、親同士が仲良くて、隣のアイツの家に、ずっと、世話になってたんだよ。」
ポツリポツリと、志賀は、事情を話し出す。
――ああ、コレは、逃げられないヤツだ。
知った以上、私も巻き込まれるのは、決定だろう。
「小学校から大学――仕事まで一緒なのは、オレがアイツと離れたくねぇから。――ずっと、領司は、親友だと思ってたけど、オレは――いつの間にか、それ以上に想ってたんだよ。……でも、絶対にバレたら終わるって思ってた」
――けれど、それが、昨日、ちょっとしたきっかけで――爆発してしまったのだと。
どう返したらいいのか迷っていると、志賀は、悲しそうに私に笑いかけた。
「……絶対、親友っつー関係が終わるってわかってたのに――ダメだった」
「で、でも……阿賀野さんは、普通にしてたと……」
私がそう言うと、ヤツは、視線を逸らす。
「あれは――アイツはアイツなりに、消化しようとしてんだよ」
「え」
「長い付き合いだ。領司が何を思って、あの態度なのかは、わかってる」
「――志賀」
私は、自嘲気味に言うヤツの話を、何故か、ちゃんと聞かないといけないような気がした。
「この関係が壊れる方が嫌だ。――そう思ってくれてるんだよ。……それだけは、わかる」
「……アンタも、同じだから……?」
そう返せば、志賀は、驚いたように、私を見る。
「……な、何」
「……いや……」
そして、ヤツは、少しだけ口を閉じる。
その沈黙が気まずくて――私は、視線を外に向けた。
個室の窓から見える景色が、ようやく、まともに見られた気がした。
様々な光の渦が絡み合って、宵闇を彩る。
駅前のせいか、高層ビルが乱立しているからか――まだ、眠りにはつかないようだ。
そんな風にボンヤリと考えていると、不意に、手を掴まれた。
「え」
「――なあ……小野塚。知ったからには、協力しろよ?」
「――え」
まさか、阿賀野さんとの仲を、私が取り持てと⁉
――この、恋愛経験ゼロの大女に!??
けれど、真っ直ぐに見つめる志賀の口から次に出てきた言葉は――まったくの予想外。
「――領司を――この恋を、あきらめる協力、してくれるよな?」
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