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真剣な表情の志賀から、目が離せず、私は固まった。
けれど、少しの沈黙の後、意を決して尋ねる。
「……あ、あきらめる、協力、って……」
「お前が、領司の彼女になれ」
「……は……????」
あっさりと言われ、私の目は丸いどころか、点になった。
「だから、お前、フリーだろ」
当然とばかりに言われると腹が立つが――事実なので否定はしない。
――でも、それとこれとは、話が別でしょう!
「い、いや、ち、ち、ょっ……と、待ってよ、志賀。れ、れ、冷静になりなさい!」
「お前がなれよ」
無駄に冷静なツッコミが入るが、私は、勢いよく立ち上がる。
「ア、アンタ、それで良い訳⁉」
「良いから言ってんだよ。――お前なら、まあ、領司の隣にいても、我慢はできそうだからな」
「ハァ⁉」
志賀は、平然と、残っていたビールを空けると、腰を上げた。
「それとも何か。領司じゃ不満かよ」
「そ、そういうコトじゃないでしょ!あ、阿賀野さんの意思はどこにも無いじゃない!」
そう返せば、ヤツは、目を丸くして私を見る。
「……は?」
「”は?”?」
よくわからない返事に、眉を寄せると、急に、志賀は笑い出した。
「――ああ、そうか、マジで鈍いな、お前!」
「だから、何の話よ!いい加減にして!」
そろそろ本気でキレそうだ。
私は、バッグを持つと、財布を取り出し五千円札を引っこ抜く。
そして、空いた皿が並ぶテーブルに叩きつけた。
「――ご馳走様。けど、私の分は、私が払いますので」
「おい」
「人をバカにするのもいい加減にして」
そう言い捨て、部屋を出ようとし――固まった。
「待てって、悪かった。――ただ、協力はしてくれ」
志賀の手は――思った以上に大きくて――力強い。
握った手を離さず、ヤツは、硬直している私の前に回り込んだ。
「――領司に女ができれば、あきらめもつくと思うんだよ」
その表情は、真剣そのもので――コイツの本気の度合いが見て取れた。
「……でも、それ、私じゃなくても良い話でしょう」
「お前しか知らねぇんだよ、オレの気持ちは」
「――……アンタは、それで良い訳?」
「もう、他に方法が思い浮かばねぇ。……オレの気持ちは、オレの中に埋めておくのが、一番良いんだよ」
唇を噛みしめ、視線を下げる志賀を、突き放す事も出来ず。
「……でも……彼女って……どうすれば良いのよ」
「――まあ、いきなり彼女になりたいとかは、アイツ散々やられて、もう引くからよ。ひとまず、接点を増やせ」
まるで、私が阿賀野さんを好きで、志賀にアドバイスをもらっているような図式がいまいち腑に落ちないが――。
「……わかったわよ……」
もう、物理的にも、精神的にも逃げられない状況に、私は、あきらめてうなづいたのだった。
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