3

2/4
前へ
/61ページ
次へ
「あああああ―――……何で、約束しちゃったかな、私は!」  最寄り駅から徒歩十五分。  築二十五年の、リフォーム済みのアパートに入るなり、私は、その場に崩れ落ちた。  吐き出した言葉は、紛うことなく、本心だ。  玄関先で、大きな身体を丸くし、顔をヒザに埋める。  ――だって、だって、あんな風に、頼まれたら――断れないでしょうが!  志賀の、あの、悲しそうな表情に――同情したのかは、自分でも、わからない。  ――……でも……手段としては、どうなのよ。 「恋愛初心者どころか、スタートラインにも立ってない私に、何を期待してるのよ、志賀のヤツは‼」  思わず叫んでしまい、慌てて口を塞ぐ。  けれど、ありがたい事に――なのか、このアパート、立地が悪い方なので、私は角部屋、二軒隣までは空室なのだ。  二階建て、全八室。  入居率は――五十パーセント。  1Kの家賃三万五千円は、この地域にしては、破格のもの。  ――それなりに不便ではあるけれど、やってやれない事はない。  大家さんは、もう高齢だし、いつまで住めるかは不明だけど――おかげで、一生一人で生きていける自信はついたと思う。  給料の半分は貯金に回し、ほどほどに投資にも。  節約できるところはして――健康面だけには気をつける。  就職して、一人暮らしを始める時、心配そうな母親に対し、父親は論理的に諭してくれた。  いつ、何が起こるかわからないのだから、貯金だけは、ちゃんとしておく事。  身体が資本なのだから、定期健診は必ず行く、会社の人間ドックもちゃんと利用する事。  ――私の人生だからと言って、何をしても良い訳じゃないのだから、わきまえて暮らす事。  感情的に言われるよりも、数段納得できたので、私は素直にうなづき、実家を出た。  今は、お盆とお正月しか帰らないけれど、健診の結果はメールで送っている。  ありがたい事に、両親は健在、平和に暮らしているので、急遽呼び戻される心配も少ない。  ――とにかく、面倒ごとには巻き込またくはなかったのに。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加