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「あああああ―――……何で、約束しちゃったかな、私は!」
最寄り駅から徒歩十五分。
築二十五年の、リフォーム済みのアパートに入るなり、私は、その場に崩れ落ちた。
吐き出した言葉は、紛うことなく、本心だ。
玄関先で、大きな身体を丸くし、顔をヒザに埋める。
――だって、だって、あんな風に、頼まれたら――断れないでしょうが!
志賀の、あの、悲しそうな表情に――同情したのかは、自分でも、わからない。
――……でも……手段としては、どうなのよ。
「恋愛初心者どころか、スタートラインにも立ってない私に、何を期待してるのよ、志賀のヤツは‼」
思わず叫んでしまい、慌てて口を塞ぐ。
けれど、ありがたい事に――なのか、このアパート、立地が悪い方なので、私は角部屋、二軒隣までは空室なのだ。
二階建て、全八室。
入居率は――五十パーセント。
1Kの家賃三万五千円は、この地域にしては、破格のもの。
――それなりに不便ではあるけれど、やってやれない事はない。
大家さんは、もう高齢だし、いつまで住めるかは不明だけど――おかげで、一生一人で生きていける自信はついたと思う。
給料の半分は貯金に回し、ほどほどに投資にも。
節約できるところはして――健康面だけには気をつける。
就職して、一人暮らしを始める時、心配そうな母親に対し、父親は論理的に諭してくれた。
いつ、何が起こるかわからないのだから、貯金だけは、ちゃんとしておく事。
身体が資本なのだから、定期健診は必ず行く、会社の人間ドックもちゃんと利用する事。
――私の人生だからと言って、何をしても良い訳じゃないのだから、わきまえて暮らす事。
感情的に言われるよりも、数段納得できたので、私は素直にうなづき、実家を出た。
今は、お盆とお正月しか帰らないけれど、健診の結果はメールで送っている。
ありがたい事に、両親は健在、平和に暮らしているので、急遽呼び戻される心配も少ない。
――とにかく、面倒ごとには巻き込またくはなかったのに。
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