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小野塚(おのづか)、ちょっと良いか」  翌日、あっという間に始業時間になり、働かない頭のままデスクに着いた私に、朝一番声をかけてきたのは、同じ課の同僚で――同期の男。 「……何でしょうか、志賀(しが)くん……」  ざわつく周囲の女性陣を後目(しりめ)に、私は、チラリと彼を見上げ、パソコンに視線を戻した。  ――ああ、また、差し戻された。  昨日、どうにか修正した企画書は、三度(みたび)、課長からのダメ出しを喰らったようだ。  社内メールに、本日三時まで、と、あったので、大きくため息をつく。 「……おい、聞いてるのかよ」 「……だから、何でしょうかと、お聞きしてますが」 「――今日、時間取れるか。ちょっと、相談があるんだけど」 「無理ですね」  バッサリと切り捨て、再びパソコンとにらめっこ。  こちとら、社内新製品コンペの企画をひねり出さなきゃいけないんだ。  些末な事に振り回されてたまるか。  ――どうせ、昨夜のキスの事だろう。  そう。  この、いつまでも隣で突っ立っている同僚こそ、昨日、キスをした方の男。  志賀穂積(ほづみ)。  私――小野塚珠莉(じゅり)の、同期で同僚。  そして――。 「おい、志賀。小野塚さん、迷惑してるだろ。後にしろ」 「阿賀野さん」 「……領司(りょうじ)」 「仕事中だ」 「……ハイハイ、阿賀野(あがの)」  割って入った、高嶺よりもガタイが良い、見るからに生真面目そうな眼鏡の男は、そう言って、私からヤツを引きはがすように腕を掴む。  阿賀野、と呼ばれた彼も、また、私の同期で同僚。  ”さん”付けなのは、そのまとっている空気が穏やか過ぎて、同じ歳とは思えない程の貫禄があるせいだ。  何なら、上司だって、阿賀野さん、呼ばわりしている。 「すみません、小野塚さん。――また、詳しいお話は、後ほど」 「――……いえ、あの」  ――特にするような”お話”はありませんので!  そう言う前に、二人は、周囲の視線を集めながら、自分達のデスクに戻って行った。 「え、何、何、小野塚さん、あの二人と何かあったの?」  ゴシップ好きの、直属の上司――藤後(とうご)課長が、イスごと移動して、私をのぞき込む。  その、野次馬根性は見上げたもので――そして、見下げたもの。 「課長、それよりも、差し戻された企画書、どこを修正すれば良いのでしょうか」 「ええー?それ、ボクが教えなきゃいけないコト?」 「……申し訳ありません。……自分で考えます」  つい、甘ったれた事を言ってしまった。  課長は、いつも砕けた雰囲気で、場を和ませ、時にはイラつかせるが、仕事でのアドバイスは確かだ。  けれど、それは、やれる事をすべてやった後での事だから、考える事を放棄してはいけないのだ。  私は、企画書のファイルを開くと、どこが引っかかったのか、無い頭をひねる。  ――そう。私は、余計な事に気を取られている場合ではないのだ。  ――何より、恋愛事情など、まったく縁の無い、身長一七六センチの大女に、一体、何を相談しようと言うのだ。  私は、恋愛に関しては、完全に傍観者でいたいんだから。
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