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アレコレ考えながら、ちまちま修正を繰り返していると、いつの間にかお昼休みになったようで、周囲がざわつきながら食堂へと向かって行く。
私は、大きく息を吐くと、一旦、パソコンをスリープにした。
――……一体、どこをどう直せば良いんだろう……。
ウチの会社は、洋菓子メインの製造販売会社。
その名も、スイーツファンファクトリー。
社長は、大手お菓子メーカーで十二年勤務した後、自分が大好きな洋生菓子専門に扱う会社を三十代で興した人だ。
今、スーパーなどに並んでいるデザートの四分の一ほどは、ウチの製品。
主に、生クリーム系に強く、五年前ほどからは、各地の洋菓子店とコラボしたデザートも作っている。
そして、定期的に行われる社内新製品コンペは、企画部は全員強制参加。
何なら、他の部署からの参加もOKという。
新卒で入った私は、本当は、企画よりも普通の事務職が良かったのに。
入社試験の時の、オリジナルデザートのアイディアを買われ、企画部に配属されてしまってから、もう四年が経つ。
――未だに、コンペ毎にダメ出しを十回は喰らい、どうにか受け取ってもらった企画書は、一度も製品化されてはいない。
……だから、嫌だったのに……。
両親からは、地元の中堅企業の正社員という立場を喜ばれ、絶対に、最低でも結婚までは勤務しろと念を押されている。
――いや、そもそも、そんな予定などまったく無いのだから、定年まで勤務は確定なんだろうけど。
一人娘を心配してくれるのはありがたいが――私は、今まで、誰かの恋愛対象になった事も、誰かを恋愛対象として見た事も無いのだ。
結婚など――夢のまた夢。
私は、再びため息をつくと、部屋の給湯エリアにある冷蔵庫を開ける。
もう、季節は真夏に近い。
お弁当組は、時期になると、この中にお弁当を入れておき、お昼には食堂のレンジで温めてから食べる事ができる。
節約のため、毎日自分で残り物を詰めている私としては、ありがたく恩恵を頂戴している。
「あ、いた」
すると、みんな出払った部屋へ顔を出したのは――志賀だ。
「……何でしょうか」
「昼メシ、まだなら一緒に食おうぜ」
「お断りします」
「何でだよ」
「逆に、何ででしょうか」
私は、お弁当を抱えると、目の前の男を――見下ろした。
どうやら、二、三センチほど、私の方が高いようだ。
一瞬たじろいだ志賀は、けれど、ジロリ、と、私を睨む。
「話があるんだよ」
「私にはありませんので」
「おい!」
後ろからの声を完全に無視し、スタスタと部屋から出ようとすると、不意に、ドアが明けられる。
「――きゃ・」
勢いが良かったせいか、足を止めるのが間に合わず、壁に激突し――。
――ん、壁?
私は、つむった目を開ける。
そして、顔を上げれば――困ったように微笑む、眼鏡の男。
「領司」
「あっ……す、すみません、阿賀野さん」
慌てる私をそっと離すと、彼は、視線を手元に向けた。
「いえ、小野塚さんこそ、お弁当、大丈夫ですか」
「あ、いえ、大したものは入ってないので」
思わず、一歩下がってしまう。
――動揺するな。
――珍しく、顔を上に向けないといけない男だからって。
「――あの、私、お昼行くので」
「おい、だから……」
「穂積、やめておけって」
「でもよ」
言い争いが始まってしまい、私は、恐る恐る頭を下げると、素早く開いていたドアからすり抜け、エレベーターホールへとダッシュ。
思い切り開ボタンを押すと、タイミングが良かったのか、扉はあっさりと開く。
それに飛び込むように乗ると、阿賀野さんに引き留められた志賀が、部屋から顔を出した。
「おい、待てって!」
――誰が待つか!
私は、昨日と同じように閉ボタンを連打し、扉が閉まると、食堂のある十三階のボタンを押す。
途中、誰も乗って来なかったので、数秒でエレベーターは到着。
そして、食堂のドアを開けると、ざわつく部屋の中、窓際の一人掛け席に座った。
――ああ、もう、何なのよ。
――私を巻き込まないで。
別に、他人の恋愛なんて――たとえ、男同士のものだろうが――関わりたくないんだから。
こんな大女なんて、傍観者でいるのが正解なんだから。
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